意思決定のプレッシャーからリーダーを解放するAI活用
■意思決定者がAIを利用する際に直面する3つの問い ビジネスリーダーやマネジャーにとって、職場で正しい決断を下さなければならないというプレッシャーは強まる一方だ。オラクルとセス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツが行った調査によれば、ビジネスリーダーの85%が意思決定をめぐるストレスを経験したことがあり、4分の3は1日に下すべき意思決定の量が過去3年間で10倍に増えたという。 意思決定がうまくいかない場合、企業が被る損失は平均して利益の少なくとも3%と推定される。つまり、利益が50億ドルの企業は毎年、およそ1億5000万ドルの損失を被ることになる。 不適切な意思決定がもたらす代償は、金銭的なものだけではない。重要なサプライヤーへの出荷の遅れ、ITシステムの不調、不満を抱えた顧客へのソーシャルメディア上でのたった一度の不適切な対応──どれも、即座に制御不能な状況に陥り、企業の評判が劇的に悪化したり、規制面の損害につながったりしかねない。 こうした背景を踏まえ、AI(人工知能)を活用したテクノロジーに目を向ける企業が増えている。そうすることで、データと洞察の間のギャップを埋め、迅速な対応が必要でプレッシャーの高い状況下における意思決定能力を向上させようというのである。 AIを活用したテクノロジーには、バーチャルアシスタント、仮想および拡張現実(AR)、プロセス発見やタスクマイニングのためのツール、さまざまなデータ分析やビジネスインテリジェンス・プラットフォームなど幅広いツールが含まれる。 なかでも最近、大きな関心を集めているのが生成AIや大規模言語モデル(LLM)だ。これは、テキストや数値、ソフトウェアコード、画像、動画、数式などの膨大なデータを取り込み、その確率的構造を把握し、そのデータに基づいて要約や回答、シミュレーション、代替シナリオを作成するアルゴリズムである。オープンAIのチャットGPT、グーグルのバード、メタ・プラットフォームズのラマ2、アンソロピックなどがよく知られているが、それ以外にも多数の生成AIモデルが存在する。 本稿では、意思決定者がAI技術を利用する際に直面する3つの重要な問いを取り上げる。1. AIによる意思決定テクノロジーはどのような場面で有益か。2. そうした技術を使用する際の課題とリスクは何か。3. ビジネスリーダーがリスクを低減させつつ、これらの技術のメリットを効果的に引き出すためにどうすべきか、の3点である。 ■AIシステムによる意思決定の改善 AIを活用したテクノロジーは、少なくとも3つの重要な方法で、より迅速かつ優れた意思決定に貢献できる。「現場のビジネス展開をリアルタイムで追跡して、予測の精度を向上させる」「仮装ロールプレーを通して、現実に近いビジネスシナリオで従業員を訓練する」「新たに登場した生成AIツールで、意思決定者のアドバイザーおよびバーチャルな『相談相手』となって質問に答える」の3つである。 ■追跡と予測の改善 サプライチェーンの追跡が技術的に可能になり、詳細なデータを得られるようになった結果、企業は原材料や投入物がどこから来たのか、誰がそれを生産・供給したのか、そして、それは環境に優しく倫理的な手法で生産・調達されたものなのか、を把握できるようになった。 消費財大手のユニリーバの事例を見てみよう。同社は、広大なパーム油サプライチェーンにおける森林破壊の兆候を見つけるために次世代技術を導入した。特に注目したのは、農園と工場の間の重要な「ファーストマイル」で、この部分に不正生産や森林破壊のリスクが集中しやすい。パーム油(食品製造、化粧品、燃料などの主原料としてよく使われる)の産業ユーザーには、遠く離れたサプライチェーンにおける森林破壊という環境リスクが常につきまとう。 現地の状況をより詳しく把握するため、同社は携帯電話の信号の匿名化解析によってパーム油の流れを追跡し、さまざまな分岐ネットワークにおける不正な供給源や異常な供給源の特定に取り組んでいる。また、衛星画像をAIで分析することで、林冠の突然または予期せぬ変化を発見することも可能だ。そうすることで、森林破壊の潜在的リスクを管理者にリアルタイムで警告し、予防措置を講じさせることができる。 海港もまた、意思決定の組織化や合理化、運用パフォーマンスの向上、環境負荷の軽減に向けてAI技術を活用している。海港の運営には日々、何千件もの意思決定が必要となる。船舶到着の最適なタイミングのスケジューリング、安全な水位の決定、コンテナ輸送の量と流れの管理、ターミナルでの十分な積み下ろし能力の確保、安全確認の通信……。間違いが起きる余地は小さいが、AIはそのリスクをさらに抑えることに役立っている。 たとえばロッテルダム港では、ポートエクスチェンジ・シンクロナイザーというプラットフォームを他に先駆けて活用してきた。このプロットフォームは、船舶、船会社、公共データ、AI予測アプリケーションなど複数の情報源からデータを集め、船舶の寄港に関するあらゆる側面をリアルタイムで「ダッシュボード」に表示する。英国のフェリクストウから米国のヒューストンまで世界中の海港で利用されており、港湾の運営やインフラに関する意思決定や長期計画の最適化に役立っている。 ■現実世界の条件下での仮想ロールプレー 従業員やマネジャーが日常業務から予期せぬ事態まで、さまざまなビジネスシナリオにおける意思決定スキルを磨く支援ツールとして、多くの業界がAIを活用したテクノロジーを導入している。 コールセンターの新人にとって最大の試練と言えばおそらく、気難しくて感情的で不満を抱える顧客への対応だろう。そこで米通信大手のベライゾンは、ストライバーの仮想現実(VR)技術を使って、研修中の顧客担当エージェントを仮想環境に没入させた。狙いは、顧客の立場を体験することで、顧客側の視点で問題を把握できるようになることだ。この没入型体験によって、研修生は緊張緩和につながる判断を下せるようになり、顧客との関係改善のカギとなる流暢な言葉遣いも身につけることができた。 VRを意思決定能力のトレーニングに応用できる場面は、警察や医療から工学設計、公共インフラのメンテナンスまでほかにも幅広くある。フロリダ州のフォートマイヤーズ警察では、没入型テクノロジーを通して、緊迫した状況や緊急事態で重要な決断を下す方法(たとえば、精神疾患を持つ人とのやり取りで緊迫感を緩和させる手順)を警官に学ばせている。また、交通事故の際に警官が正しい手順に沿って対処できるよう、AIテクノロジーを使って支援する警察もある。 同様に、米特殊作戦軍(SOCOM)はVRを採用し、現実に即した戦闘シナリオを使って意思決定スキルを養成している。また医療分野でも、医師が乳がんなどの診断を下したり、投薬ミスを減らしたり、手術の安全性を高めたりする目的でAIシステムが活用されている。