映画『リトル・マーメイド』の魔女アースラはタコ? それともイカ? 科学者が真剣に考えた【人気の物語を科学で検証】
足の数、すみか、骨格、色、行動などを徹底チェック
2023年6月に実写版が公開された映画『リトル・マーメイド』で、人魚姫のアリエルに魔法をかける海の魔女アースラには、吸盤のある長くてくねくねした足があり、いかにも軟体動物っぽい姿をしている。このアースラはいったいどんな生きものなのか? 「そんなの、タコに決まっている」と言われそうだが、早まってはいけない。タコには足が8本あるはずだが、1989年のアニメ版でデビューしたアースラには足が6本しかない。となると、イカの可能性もありそうだ(詳しい理由はのちほど)。アースラははたしてタコなのか? イカなのか? 科学者の見解は――。 ギャラリー:魔女アースラはタコ? イカ? 初期は魚のようなアースラも 画像7点
初代アースラの足が6本のわけ
アンデルセンが1837年に発表した原作「人魚姫」の魔女は、ごく小さな役割しかなく、名前も与えられていなかった。そのため、1980年代にディズニーのアニメーターたちが、アースラのキャラクターを作り上げる際に、自由に想像を膨らませることができた。 「触手は色々と便利です。これがあるだけで、不気味な印象を与えられます」と、当時の主任アニメーターだったルーベン・アキノ氏は、雑誌「プレミア」のインタビューで語っていた。こうして、チームはタコのようなキャラクターにすることを決めたが、「少しだけずるをしました。触手を6本にしたんです」 おかげで不気味な雰囲気はたっぷり出ていたが、正確に言うと、アースラの足は触手ではない。さらに言えば、足でもない。
「腕」の数ならイカか、最初の声優はイカと主張
「これらは触手ではありません。『腕』と呼ばれています」と話すのは、タコの認知能力の専門家で、カナダにあるレスブリッジ大学の心理学者ジェニファー・マザー氏だ。「クラゲなど、触手を持つ無脊椎動物は多いです。腕には、上から下まで全体に吸盤がついていますが、触手は柔軟で伸縮性があり、先端だけに吸盤がついています」。では、ここから先はアースラの足を「腕」と呼ぶことにしよう。 「イカの足は10本」とよく言われるが、細かく見てみると、物をつかんだり食べたりするための「腕」が6本で、残りは獲物をとらえるための特殊な器官である「触腕」が2本と、泳いだり移動したりするための「泳膜」がついたいわば「脚」が2本だ。オリジナルのアニメ版でアースラの声優を担当した故パット・キャロルが、アースラはイカだと言っていたのはイカの腕が6本だからだろうか。 2023年の実写版『リトル・マーメイド』では、メリッサ・マッカーシー氏演じるアースラはバージョンアップし、腕が8本に増え、おまけに生物発光する吸盤がつけられた。しかし、ここで新たな問題に直面する。現実の世界では、生物発光するイカは多いが、タコはほとんど発光しない。 「発光する吸盤を持ったタコは、ヒカリジュウモンジダコ(Stauroteuthis syrtensis)だけです」と、米スミソニアン自然史博物館の動物学者で頭足(イカ・タコ)類の専門家であるマイク・ベッキオーネ氏は言う。