「データセンター投資ラッシュ」で潤う日本企業はどこか
大手外資による日本へのデータセンター投資発表が相次いでいる。グーグル、オラクル、マイクロソフト、アマゾン(AWS)が最近発表した分を足し込んだだけでも4兆円に及ぶ。その背景には何があるのか。そして、この投資によって潤う企業はどこなのか。ITジャーナリストの本田雅一氏に解説してもらった。 ■日本へのクラウドデータセンター投資が過熱 アメリカIT大手のオラクル( ORCL )は4月18日、日本のAI需要の拡大などに対応するため今後10年間で80億ドル、日本円換算で約1.2兆円以上をデータセンターに投資する計画を明らかにした。 日本国内のデータセンターへ投資することを明らかにした外資系IT企業の例は、これだけではない。10日にはマイクロソフト( MSFT )が4400億円の投資を発表したばかり。昨年はアマゾン・ドットコム( AMZN )がAWSの日本向けデータセンター投資を2兆2600億円規模で行うと発表していた。2022年にはグーグル(アルファベット、 GOOGL )が1000億円の投資を発表しており、今回のオラクルの発表は、数多くある案件の一つにすぎない。 日本のデータセンターにおけるOCI(Oracle Cloud Infrastructure)のシェアは高いわけではない。そうした中でも、データセンターを増強することで政府や企業の需要に応えたいとしている。オラクルのサフラ・キャッツCEOは「日本には膨大な需要がある。さらに投資は拡大する可能性もある」としている。 ここに来て大きな投資を行う背景にはもちろん円安もある。 円安の進行によって、外資による日本への投資はきわめて割安な状況になっている。グローバルな視点で見た場合に、同じようなデータセンターをシンガポールやマレーシアなどに建設することと比較して、コスト面での優位性が改善している。巨額の投資を発表しやすいタイミングであることは確かだ。 しかしそれだけではない。オラクルは今後10年かけて投資すると説明しているように、旺盛な需要が今後、長期にわたって続くと考えている。 背景として「AIを活用するための学習データの扱いについて、日本の法律が甘いから日本へ設置することによるメリットが大きいと判断しているのではないか」とのやや穿った見方もある。しかし、ここはもっと素直に考えたほうがいいだろう。少子高齢化が進んでいく日本の置かれている現状が、世界に先駆けてAI事業の可能性を広げていくと考えられているのだ。 今後の人口推移予測などを見ても、直近の日本は労働人口の減少が極めて急速に進むことが決定付けられている。長期的には少子化対策が不可欠になってくるが、短期、中期での戦略においては、いかにビジネスの効率、生産性を高めるかが重要になってくる。 ■「ガバメントクラウド」という強烈な追い風 もうひとつ、海外大手が日本市場に投資する大きな理由としては「ガバメントクラウド」がある。日本政府は行政サービスに用いるクラウドサービスを整備して、その上で地方自治体向けの標準システムを稼働させようとしている。この移行期限の目標とされているのが2025年だ。 ガバメントクラウドは、政府が基準を設けた品質、性能を備える。クラウドサービスを選定し、その上で地方自治体の標準システムを稼働させるための枠組みだ。性能やアプリケーション間の通信応答、速度などに一定基準が設けられているほか、政府(デジタル庁)が一括窓口となって交渉することによるコストの圧縮や品質保証など、個々の自治体だけでは困難な問題を乗り越えるために考えられたものだ。 このガバメントクラウドを提供する事業者として名乗りを上げているのが、アマゾン、グーグル、マイクロソフト、オラクル、さくらインターネット(3778)の5社である。 ガバメントクラウド上で動作する標準システムが完成することにより、将来的に 3つのレイヤーに分かれている行政サービスがワンストップで提供できるようになる見通しだ。クラウドを活用することにより、それぞれの行政レイヤーをシステム的に分離しながらも、効率的に連携させる仕組みを作ることができるからだ。 日本に居住する住民が行う必要のある転居手続きや、亡くなった際の届け出の数々、あるいは事業者が届け出を行う必要がある手続きなどは膨大だ。ガバメントクラウドの狙いは、これまで複雑だった様々な申請の仕組みをシンプルにして効率化することだ。 ガバメントクラウド上で標準システムが稼働し始め、本格稼働し始めると、その利用は大きく進んでいくことになるだろう。 ■圧倒的な存在感を持つAWS 多くのクラウド事業者があるものの、日本におけるクラウドの活用はAWSを中心に進んできた。ガバメントクラウド上で稼働しているシステムにおけるAWSのシェアは圧倒的だ。 これは各クラウド事業者の技術的な優劣によるものではなく、日本におけるエンジニア数の違いに起因している。 日本における企業システムのクラウド活用を真っ先に進めてきたアマゾンはそれだけ多くのエンジニアを日本国内に抱えているということだ。 システム開発を外注する際、SI業者の多くがAWSを中心とした経験を積んできており、システム開発の移行作業を外注すれば(自然に)AWSが選ばれることになるのが日本市場の大きな特徴だ。 ここに競合他社はどう立ち向かっていくか。4月15日に日本拠点開設を高らかに宣言したOpen AI最大の支援者であるマイクロソフトは、Open AIが開発する推論モデルに 最適化したクラウドを提供するという独自の道筋で、日本市場での立ち位置を拡大していくことになるだろう。 日本オラクル(4716)はガバメントクラウドの事業者として選定されたことを契機に、とりわけ地方自治体にターゲットを絞ったマーケティングや教育プログラムの充実を掲げている。政府・自治体職員向けにOCI(Oracle Cloud Infrastructure)のトレーニングを無償提供し、自治体のデジタル・トランスフォーメーションを支援する地元のパートナー企業に向けてもスキル・トレーニングを展開するなど、細かな戦略を進めている。 その成果は 地方自治体でのシステム採用例の増加という形で成果に現れている。今後、ガバメントクラウドの活用が広がっていけば、さらに事業の可能性が広がっていくことも考えられるだろう。 ■好影響を受ける企業は? 最近発表された外資による日本へのデータセンター投資総額は、非常に大きい。冒頭4社の金額を足し込むだけでも総額4兆円になる。収容するコンピューターの費用、ネットワーク設備などの原価だけではなく、データセンターの建設費用も含まれている。 クラウドはその語義のイメージ(雲)から、地域性がないように感じられるが、実際には大規模なデータセンターの建設・運営には、地域に見合ったノウハウが多数必要となる。 地震の多い日本において、どのような場所にどのような構造の建造物でデータセンターを構築するのかは、経験値の高い事業者との連携が不可欠になる。安価な電力確保も重要な課題だ。NTTデータグループ(9613)、IIJ(3774)をはじめ、国内大手のデータセンター運営者は、これらの外資企業のパートナーとなりうる。今後の動向が気になるところだ。 データセンター向けには多くのコンピューターを導入する必要がある。AI処理を得意とする半導体はエヌビディア( NVDA )、インテル( INTC )などだが、実際に納入するのは日本国内の半導体商社だ。マクニカホールディングス(3132)、リョーサン菱洋ホールディングス(167A)などは潤うことになる。 ガバメントクラウドが普及していく過程では、オラクルがそうしているように、地方自治体におけるシステムのクラウド化を見越して、地元と密接に連動しているSI事業者を育てる動きが、今後さらに活発化していくだろう。 地方の経済圏を支える中小のIT企業に潤いを与えることはもちろんだが、全国的なネットワークでシステム開発のサポートをトータルに行える。NEC(6701)や富士通(6702)は多くの自治体の標準システム導入における主体的な役割を担っているため、こうした動きの恩恵を受ける立場にある。 さらに長期的な視点でいえば、データセンター需要の増加に伴う膨大な消費電力をこなすための再生可能エネルギーの活用などにもスポットライトが当たるだろう。原子力発電所の新設が困難な日本市場において増え続けるデータセンターの電力需要をリーズナブルな価格で提供する手段の確保は、今後真剣に検討しなければならない課題となってくるはずだ。リニューアブル・ジャパン(9522)、レノバ(9519)など再生可能エネルギー発電業者にも追い風になるだろう。 ガバメントクラウドの要件を満たす事業社の多くがアメリカの企業ではあるが、政府は条件付きでさくらインターネットをガバメントクラウド提供事業者に選定している点にも注目だ。 さくらインターネットの提供する”さくらのクラウド”は、 現時点では政府が要求する要件を満たせていないが、将来的に満たすことを条件として指定事業者としたことで株価はヒートアップしている。さくらインターネットが、今回の”ブーム”の象徴といえるかもしれない。 本田 雅一(ほんだ・まさかず)/ITジャーナリスト。IT、モバイル、オーディオ&ビジュアル、コンテンツビジネス、ネットワークサービス、インターネットカルチャー。テクノロジーとインターネットで結ばれたデジタルライフスタイル、および関連する技術や企業、市場動向について、知識欲の湧く分野全般をカバーするコラムニスト。Impress Watchがサービスインした電子雑誌『MAGon』を通じ、「本田雅一のモバイル通信リターンズ」を創刊。著書に『iCloudとクラウドメディアの夜明け』(ソフトバンク)、『これからスマートフォンが起こすこと。』(東洋経済新報社)。 ※当記事は、証券投資一般に関する情報の提供を目的としたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。
本田 雅一