「沖縄の空港で女性が行方不明!?」衝撃の事件に、たった一人異議を唱えた新人グランドスタッフ
平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。 そっと耳を傾けてみましょう……。
第44話 どこで消えた?
「ねえねえ、莉子のOJT担当、噂の新人なんだって? 白羽の矢が立ったねえ」 早朝5時、空港の更衣室で制服に着替えていると、休暇明けの同期、絵美が妙にウキウキした様子で寄ってきた。勤続8年。最初は50人いた同期も、今では私と絵美だけ。空港のグランドスタッフがいかに厳しいかわかるというもの。 私たちはもはや親友であり戦友。現場では数人の大先輩と、大量に入ってきて大量に辞めていく後輩に挟まれ、苦労の多い中間層として頑張っている。 「そうなのよ。久々にOJT教官になったと思ったら、手ごわい子が来たのよ。今日で14日目なんだけど、ちょっと心配なことがあってねー」 「合格にするかどうか迷ってるってこと? 松本さんだっけ、めっちゃ可愛いし、愛想は悪くないけどねえ」 「そうなんだけど、致命的な問題があるのよ」 私がため息をつきながらメイクの仕上げにパウダーをはたいてリップを塗ると、絵美が嬉しそうに身を乗り出してきた。 「え、何? 何?」 「……この仕事がちっとも好きじゃないってこと。松本さん、ゴリゴリのCA志望なのよ」
仮面浪人グラホ
「莉子先輩、おはよーございまあす!」 「おはようございます。……松本さん、今日も7センチヒール? 3連休初日の土曜で予約率105%よ。一日中走り回ると思うから、もう少し低いのに変えたほうが……」 「大丈夫でーす。私、慣れてるんで、これで走れまーす」 そう言って、みんな腰を悪くしてすぐ辞めちゃうんだってば、と言いたいところをぐっとこらえる。最近の新人は、厳しくするとプライドが高くてなかなかうまくいかない。でも安全を守るためには最初の教育が肝心。その匙加減が難しい。 「今日はゲート(搭乗口)エリアです。担当する出発便8本、シフト表しっかりマーキングしてね。分刻みで動きます」 はーい、と松本さんは調子よく返事をするが、マーキングする気配はない。こういうところよ……と私はがっくりと肩を落とす。 仕方ない。仕事に向き合う姿勢なんて、人から言われて変わるものじゃないし。 噂によると松本さんは、新卒で航空会社だけを受け続け、しかし小柄のためか、大型機を運航する大手航空会社は軒並み不合格。結局、仮面浪人のような形で同じ航空業界の空港スタッフになったとか。今後も中型機を運航する会社のCAの採用試験があれば仕事を休むと同期のあいだで公言しているらしく、女社会でその噂はあっという間に広がった。 いつも高いヒールのパンプスを履き、メイクも身だしなみも完璧。むき卵のような白い肌と、甘いトーンの声で、研修生のバッジをつけていると男性のお客さまから頑張れ~怖い先輩に負けるなよ~などと声をかけられている。 しかし後片付けの時間になると急にいなくなったり、面倒な仕事を頼みたいときに限ってお客さまと話し込んだりしている。女の職場はそういうことに敏感なので、入社早々、先輩たちからの彼女の評判は芳しくなかった。教室での訓練期間後、私がOJT教官になったのも、自分で言うのもなんだが温厚で気の長い訓練ができると見込まれてのことだろう。 しかしようやく今日で訓練も終わり。私も少しばかり、このマイペースな新人ちゃんの扱いに苦慮したのが正直なところだ。 私はよし、と気合いを入れて、バックオフィスを出た。