“小泉家の国家老”が進次郞氏に直言 総裁選の敗因は「“周りが望む進次郎像”が膨らみ過ぎたため」、執行部を外れたのは絶好の機会「もう一度地元から始めればいい」
総選挙で惨敗を喫し、自民党は少数与党に転落。石破首相は続投の見通しだが、政権は危機的な綱渡りが続く。この1か月あまりで総裁選、そして選対委員長として臨んだ総選挙で立て続けに辛酸を舐めたのが、小泉進次郎氏だ。手痛い敗北を喫した進次郎氏に対し、「政治の原点を見つめ直すいい機会だ」と故郷から見守る重鎮がいる。「神奈川のドン」とも呼ばれた元神奈川県議会議長の牧島功氏(80)だ。 【写真】ボディーランゲージも使いながら演説をする小泉純一郎氏
牧島氏は進次郎氏の祖父・純也氏(元防衛庁長官)、父の純一郎氏(元首相)の秘書を務め、進次郎氏のことは党神奈川県連で支えた。57年に及ぶ政治家人生を小泉家と共に歩んできた「国家老」が進次郞氏に直言する。ノンフィクション作家・広野真嗣氏がレポートする。【前後編の後編。前編から読む】
“優秀なチーム”の失敗
誰にも通じる言葉で語る進次郎氏は、今回の総選挙でも人気弁士ぶりを見せつけた。その姿は自分の言葉で発言するスタイルで高い支持率を保った父・純一郎氏を彷彿とさせる。牧島氏には、どう映るのか。 「発する言葉で人々の心を惹きつける天性の発信力は共通しています。 父の純一郎さんは特別な感性の人で、聞いた人が忘れられないような発信をする。時々ちょっと分からないことも言うが、一度決めたら人に左右されず、テコでも動かない。そんな人物がトップになると、国は変わるんだと感じていました」 純一郎氏は2001年の総裁選で「自民党をぶっ壊す」と唱えて総裁の座を射止め、2005年の郵政選挙では「民でできることは民に」と訴えて圧勝した。 勤務実態のない会社員時代に厚生年金に加入していた自身の問題では「人生いろいろ、会社もいろいろ」とはぐらかす答弁で批判を浴びたが、発言は撤回しなかった。 対する進次郎氏は、9月の総裁選で掲げた「解雇規制の見直し」が「規制緩和論」と受け止められたことに対して、「解雇の自由化とは言っていない」と弁じたあたりから、風向きが一変した。 牧島氏にその点を問うと、「自らの思いが迸るような意見でない時、彼はメモを見ていました。そうした姿に頼りなさを感じた人がいたかもしれません」と言って、こう続けた。 「官民出身の優秀な政治家たちが進次郎君を支えてくれました。政策の実現に向け頼もしいチームですが、敗北の教訓は“周りが望む進次郎像”が膨らみ過ぎたのではないか、ということ。政策メモの字面を詰め込むと、かえって大股で人間的な言葉を発する進次郎君のよさを殺してしまう」 牧島氏は、批判の十字砲火を浴びた進次郎氏が「もう失敗から学んでいるはず」と付け加えた。 「私たちが見てきた進次郎君は、幼くして両親の離婚を経験した。家庭でも学校でも悔しさや寂しい思いをしながらそれを腹におさめて、明るく振る舞うような子でした。『この子は強くなる』と思って見てきた。彼には復元力があると信じています」