“母”と“小説家”の狭間で感じた同調圧力 芥川賞作家・金原ひとみが抱えた「生きづらさ」 #令和の親 #令和の子
20歳のとき『蛇にピアス』(集英社)で第130回芥川賞を受賞して以来、コンスタントに小説を発表、谷崎潤一郎賞、柴田錬三郎賞など、きらめくような受賞歴をもつ金原ひとみさん(40歳)。作家であり2女の母であり、小説の中で「本音」を“ぶちまける”作家として女性を中心に熱い支持を得ている。【第2回/全5回】 ■【画像】人柄にも不思議な透明感を感じさせる芥川賞作家・金原ひとみさん 育児と書くことの両立は「壮絶だった」と金原さんは言う。 「育児中は、息をするだけですべてが憎い、みたいな状態でしたね。頭で考えるより先にあらゆる憎悪、憤り、行き場のなさなど、どす黒いものが渦巻いている感じで。私は、子どものころからずっともやもやしたものを抱えていて、それを表現できるのが小説だった。子どもをもったあとは、その生きづらさやもやっとしたものが明確になっていきました。敵がはっきり見えてきたんです。とはいえ、コイツだ! と言えるものではありませんが」 例えば自分が何に適応できないのか、何に嫌悪感を抱くのか。彼女の中で明確になった“敵”は「同調圧力や世間体など、自分を抑圧するものすべて」だった。作家になり母になって、たくさんのものを背負ったときに、ようやくはっきりと認知した。逆に言えば、多くのものを背負ったからこそ見えたともいえる。 「書かなければならないという使命感のようなものはもともとあったのかもしれません。ただ、それは世間に誇れるようなものではなく、自分を成り立たせるために書くしかないものだった。でも結果的に同じようなものを抱えている人たちから反応をもらったことで、自分の中の社会性みたいなものが少しずつ身についてきたんだと思います」
好きではなかった“子ども”との生活がいまは面白い
そもそも結婚はしたものの、子どもは20代のうちに産むか産まないかと考えていたそうだ。だがパートナーが早く子どもがほしいと思っていたため、金原さん自身は心の準備ができないままに出産する事態となった。 「もともと私は、赤ちゃんや子どもが苦手なんです。まったく好きではなかった。当時はいまより、母性のない女への憎しみが世間にあふれていました。だから子どもが嫌いなんて、とても言い出せるような空気ではありませんでした。生きづらさや苦しさ、居場所のなさが強かったですね。そんな状況で心の準備がないままの出産だったから、よけい子育てが重くのしかかったんだと思う。 自分でも驚きましたが、自分の子はかわいかったんです。ただ、子どもが大きくなるにつれてわかってきたのは、やはり私にとっては小説に限らず、言語化が重要だということ。だから子どもたちが大きくなればなるほど、個と個として言葉を交わしていけるおもしろさがどんどん増していきました」 言語化とは、筋道立てて説明することだけではなく、言葉で感覚をつかんでいくことだと言う。それができないと、あらゆるものの輪郭がぼやけていく。 「言語化して浮き彫りにしていく。それは私にとって自分や他人、社会の輪郭をつかむための手段です。だから子どもたちの言葉は興味深い。自分とはこんなに違うんだというショッキングな対象として存在していますし、ふたりの娘たちがそれぞれ違うのもおもしろい。娘たちも“どうしてそんなふうに考えるの?”と、私に対してびっくりしていることも多々ありますね」 10代になった娘たちからは、いまどきの若者事情を聞けるのが楽しいと笑った。 ※この記事は双葉社 THE CHANGEとYahoo!ニュースによる共同連携企画です。 金原ひとみ(かねはら・ひとみ) 作家。1983年生まれ、東京都出身。2003年『蛇にピアス』(集英社)ですばる文学賞受賞。翌年、同作で芥川賞受賞。’10年、小説『トリップ・トラップ』(KADOKAWA)で織田作之助賞、’12年、『マザーズ』でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞など、あまたの文学賞を受賞。’12年から2女を連れてフランスに移住、’18年に帰国。今回、初の試みとしてオーディオファースト作品『ナチュラルボーンチキン』を書き下ろした。 亀山早苗
亀山早苗
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