不吉な「ほとんどトラ」のハリウッド映画「Civil War(内戦)」から読み解くトランプ現象を生み出したアメリカの絶望
評価は意外と高い
「Civil War(内戦)」というセンセーショナルなタイトルのディストピア映画が、3月14日にテキサスでプレミア公開された。いまアメリカ、カナダ、イギリスの各地で上映中だが、客の入りは悪くなく、批評家の評価も意外と高い。 【写真】トランプが戻ってくるかも知れない世界で日本はどう生きるか 「ロットン・トメイト(腐ったトマト)」という映画批評専門のサイトによれば、批評家の82%が、この作品を「フレッシュ(新鮮)」と推薦した。つまり、佳作以上の評価を獲得したことになる。ただしRとマークされた。同胞が撃ち合う非人道的で残虐なシーンが続くためだ。17歳以下は、保護者といっしょでないと、上映館への入場はお断り。 ちなみに、批評家の推薦率が60%以下は、「ロットン(腐敗)」と烙印を押される。トマトの鮮度で映画が評価されるのは、かつては退屈な駄作だと、映画館で観客が腐ったトマトをスクリーンめがけて投げつけたからだ。
今のアメリカでの「内戦」というシナリオの信憑性
この映画は、年月は示されないが、首都ワシントンに攻めてくる「西部連合軍」に備えよと、大統領が演説する場面から始まる。 「西部連合軍」とは、カリフォルニア州とテキサス州の民兵(ミリッシャ、正規軍ではなく武装した一般市民、地域勢力の私兵)だ。なぜこの2州の民兵が連合してワシントンを攻めるようになったか、経緯はいっさい説明されない。 なお北西部は「ニュー・ピープルズ・アーミー」、他方フロリダ州から南部にかけては「フロリダ・アライアンス」、そして残りの北東部から中西部は大統領に忠誠を誓う勢力によって占拠され、四つ巴で互いに戦うように想定されている。ちらりと画面に、四分された占領地域が示されるが、なぜそうなったかは説明なし。 ただし映画の大統領(ヘアスタイルが実物のトランプと似ている)は3期目。米大統領の任期は2期、8年間までだから、彼が憲法にしばられない独裁者であることだけは、説明されなくても、観客は直ちに想定できる。実はこれだけの鍵で、観客には充分だ。 大統領に忠誠な部隊が、トランプに煽動されて2021年1月6日に議会へ突入した暴徒をイメージしていること、大統領が再選されると憲法は踏みにじられ独裁体制が強まること、そしてMAGA(マガ=メイク・アメリカ・グレート・アゲイン、偉大なアメリカの復活)政策によって白人の地位の回復が約束されること――ただし実現策なし、というように、現在の米社会の分断状態が、前提として設定されているのを察知する。 映画の設定が説明されないことによって、観客は自分の置かれた社会的な地位と関心によって想像をたくましくし、逆に設定の信憑性を自分で高めてゆく。そういった映画独特の観客心理を、プロが巧妙に操作する。同時にそれによって厄介な設定説明の労を省く。そうした一石二鳥の結果として、事実としての信憑性は微弱でも、観客の意識の中での信憑性は強大になってゆく。そうなるように仕組まれた演出にしたがって、この作品は制作された。 脚本と監督はいくつかのホラー映画を手がけてきた英国籍のアレックス・ガーランド。外国人が政治イデオロギーとは無縁に、完全にコマーシャルな立場でつくった、だから、設定の信憑性は観客が勝手に決めるのが、映画界の決まりだと言いたいのだろう。 そう理解すれば、筋書きの信憑性の問題はひとまず解決される。やけにこだわるようだが、この映画の成り立ちのヘソだから、そして現在の米国を認識するためだから、已むを得ない。