「幻想水滸伝」の精神的続編『百英雄伝』は、ゲーム史に名を刻むタイトルになれるのか
4月23日、『百英雄伝』がリリースを迎えた。 「幻想水滸伝」シリーズの精神的続編として、発表当初から話題を集めてきた同タイトル。その出来は期待どおりと言えるものだったのだろうか。業界の現在地から、『百英雄伝』がいま発売される意味と、その評価を考えていく。 【画像】「幻想水滸伝」シリーズの精神的続編『百英雄伝』のスクリーンショット ■ようやく発売を迎えた「幻想水滸伝」シリーズの精神的続編『百英雄伝』 『百英雄伝』は、「幻想水滸伝」シリーズに携わったゲームクリエイターの村山吉隆氏、河野純子氏が25年ぶりにタッグを組んだ、完全新作のコマンドRPGだ。舞台となるのは、多くの価値観、文化を持つ国が集まる場所「オールラーン大陸」。プレイヤーは、帝国の若き俊才士官であるセイ・ケースリングと、諸国連合の自警団に所属する辺境の村出身の少年・ノアの2人の視点から、神秘的な力を秘めた「魔導レンズ」をめぐる戦乱の物語を見つめていく。 バトルシステムは、昔ながらのRPGを感じさせるオーソドックスなもの。ジャンルに慣れていないフリークでも気軽にプレイすることができる。名前の由来となっているのは、冒険の途中で出会う100人以上のキャラクターを仲間にできるというゲーム性だ。この点もまた、「幻想水滸伝」からの影響を強く感じさせる同タイトルの個性である。 『百英雄伝』は、2020年7月にその存在が明かされた。直後からはクラウドファンディングによる制作資金の調達がスタート。全世界の4万6千人以上の人々から460万ドル、日本円にして約4億8,000万円の支援を集めている。その多くは「幻想水滸伝」のファンによるものと考えられる。同シリーズは、多くの熱狂的なファンを生み出したJRPGの金字塔として広く知られている。 対応プラットフォームは、PlayStation 5、PlayStation 4、Nintendo Switch、Xbox Series X|S、Xbox One、PC(Steam/Epic Games Store)。価格は、CS版が5,830円、Steam版が5,680円、Epic Games Store版が5,880円となっている(ともに税込)。Xboxプラットフォームにおいては、Day1タイトルとして発売日からGame Passにも対応している。 ■開発・発売には、昨今勢いを増す業界トレンドも追い風に ゲーム業界では昨今、古き良きJRPGへの回帰がトレンドとなりつつある。そうしたムーブメントの先駆けとなったのは、2015年にPCでリリースとなった『Undertale』だろう。アメリカの個人開発者であるトビー・フォックスによって手掛けられた同作は、ファミコン時代のグラフィックを彷彿させるドット絵や、「誰も死ななくていいやさしいRPG」というキャッチコピーを入口に、完成されたシステム、シナリオなどが評価され、インディータイトルとして大きな成功を手にした。Steam上では、全レビューの96%が「好評」とし、最高のステータスである「圧倒的に好評」へと分類されている。20万に近い数のユーザーにプレイされていながらのこの評価は、ほぼ満場一致に近い結果と言える。この成功を起点に、古き良きJRPG、さらにはドット絵のグラフィックを支持する動きはゲーム業界で急速に広がっていった。 『Undertale』のゲームデザインに影響を与えていると考えられるのが、JRPGの金字塔に数えられる機会の多い名作「MOTHER」シリーズだ。ビジュアル面やウィットに富んだセリフ、独特のアイロニー、物語のメタ的展開など、両作の共通項は多い。その視点に立つと、同作はシリーズのフォロワー作品と見なせるだろう。その一方で、古き良きJRPGへの回帰のトレンドのなかでは、『Undertale』が投じた一石によって、「MOTHER」シリーズの各作品の復刻がかなったという見方もできる。『MOTHER』『MOTHER2 ギーグの逆襲』『MOTHER3』は2024年4月現在、Nintendo Switchプラットフォーム内で提供される有料サービス「Nintendo Switch Online」にて、実機の仕上がりをベースにしたダウンロード版が提供されている。 また、「復刻」という観点で見れば、「FINAL FANTASY」シリーズのリマスターなども同様の文脈上にある動きだと言える。開発・発売元であるスクウェア・エニックスは2021年から2022年にかけ、初期のナンバリング6作をドット絵をリファインしたグラフィックを特徴とする移植版「ピクセルリマスター」としてSteamでリリースした。その後、各作品はPlayStationやNintendo Switch、Android/iOSなどのプラットフォームへと展開され、幅広いプレイヤーに遊ばれている。こうした一連の動向にも、トレンドの勢いを感じられるのではないだろうか。 直近では、『Sea of Stars』の成功も記憶に新しい。2023年9月、カナダのインディーディベロッパーであるSabotage Studioによって開発・発売された同作は、懐かしさと新しさの調和したゲームデザインが支持され、一躍時のタイトルとなった。こちらも『Undertale』と同様に、90年代のJRPGを代表する作品「聖剣伝説」から影響を受けていると考えられる。モチーフとなっている同シリーズからは、2020年にナンバリング第3作のフルリメイク『聖剣伝説3 TRIALS of MANA』がリリースされており、さらに2024年には、最新作『聖剣伝説 VISIONS of MANA』の発売も予定されている。 「幻想水滸伝」にルーツを持つ『百英雄伝』の開発・発売には、ゲーム業界で広がるこうしたトレンドからの影響が少なくないはずだ。人気シリーズの精神的続編としてどのようなインプレッションをもたらせるか。同タイトルの出来には大きな注目が集まっている現状だ。 ■惜しむらくは「時代錯誤的なUIの不便さ」か。今後の改善に期待 しかしながら、『百英雄伝』を実際にプレイすると、「幻想水滸伝」の精神的続編らしい期待どおりの手触りとは裏腹に、見過ごし難い“欠点”も少なからず見えてきた。UIの不便さはその一例だ。同タイトルでは、各キャラクターのスキルに関連する装備「ルーン」が特定の場所でないと付け替えられない。本来であれば、対峙しやすい敵の特徴などにあわせて都度変更したい同要素だが、上述の縛りがあるせいで煩雑さが面白さを上回ってしまっている状況がある。 また、同様にパーティーメンバーの入れ替えも特定の場所でしか行えず、道中で編成したい新たな仲間が見つかったとしても、そのタイミングではパーティーに組み込むことができない。「たくさんの仲間から最適、もしくはお気に入りのメンバーを取捨選択して冒険する」という点は、『百英雄伝』の生来の魅力のひとつにも挙げられる部分だ。残念だが、現行の仕組みはその一部が満足に楽しめないものとなってしまっていた。 あわせ、ゲームのテンポを悪くしているのが、決して短くないロード時間だ。『百英雄伝』では、他のRPG作品と同様に、イベントシーンへの切り替わりや、バトルへの移行、メニュー画面への遷移などでローディングが挟まれる。その存在自体はゲームに必ずある要素であるため、特別に気にはならなかったのだが、その長さにはやや気落ちしてしまったところがある。念のため記載しておくと、私は標準以上のスペックのSSDを搭載したPC環境でプレイしている。そのため、ハードの性能が著しく足りていないから、このような状況が生まれているというわけでもないだろう。 一昔前であれば、この程度のロード時間は問題にならなかったのかもしれない。しかし、現在は、PlayStation 5などが現行機として浸透しており、その性能に裏付けられたロード時間の短さが当たり前となっている時代である。スペック面で劣るNintendo Switchでは、決して短いとは言えないロード時間となっているのではないか。このあたりは現代のRPGに不可欠なユーザビリティであるため、やや基準に達していない感が否めなかった。 とはいえ、本稿を執筆している2024年4月30日現在では、Steamプラットフォーム上の約1500人のユーザーのうち、約80%に及ぶ1,100人超が「好評」とレビューしている。RPGとして面白いのは否定しようのない事実であり、上述の例に代表される“欠点”も今後のアップデートで改善されていくのだろう。 クラウドファンディング支援者に対するリターンをめぐる騒動や、発売を直前に控えての村山氏の死去など、予期しないさまざまな困難にも悩まされた(もしくは現在進行形で悩まされている)『百英雄伝』は、トレンドからの追い風を頼りに、前評判どおりの足跡をRPG史に刻めるだろうか。そのカギは今後の対応にこそ眠っていると言えそうだ。
結木千尋