豊田章男のための一台、レクサス『LBX MORIZO RR』が世界中のエンスージアストを驚かせる日【池田直渡の着眼大局】
(写真:レスポンス)
レクサス『LBX』のハイパフォーマンスモデルに相当する「MORIZO RR」が7月18日に報道解禁となった。プレミアムスポーツハッチとでも言うべきこのモデルに、袖ヶ浦フォレストレースウェイで試乗した。 シャシーとパワトレの基本構成から言えば、レクサスLBXはトヨタ『ヤリスクロス』のレクサスバージョンなのだが、今回試乗したMORIZO RRではないモデル、いわゆる素のLBXの段階で、すでにヤリスクロスとは別物。まずはそこから解き明かしていこう。 豊田章男が乗るためのコンパクトカーを作れ LBXには「明確なターゲットユーザー」がいる。それはマスタードライバーであるモリゾウ氏その人である。言わずと知れたトヨタ自動車の豊田章男会長。つまりレクサスの開発陣は自分のところの会長に「わたしが乗るためのコンパクトカーを作れ」と言われ、会長を満足させるクルマを作ることになったということ。 そんな話は聞いたことがない。現代の自動車メーカーにとって、クルマは商品であり、顧客に売って利益を上げるための純然たる商品だ。言ってみればマーケティング的開発であり、ユーザー層は想像上の生き物で、その場でクルマの出来をターゲットユーザーに否定されることはありえない。仮に「これは違う」という人がいても、最終手段として「あなたはそもそもターゲットじゃない」と言い切ることが可能だ。 よしんば、それが会社のトップで、その権力の前に政治的に負けたとしても、「あの人はわかってない」とクダを巻く余地は残されているわけだ。 ところが、自社の総帥のためという開発では、その当人が「これじゃない」と言ったら、他の解釈はあり得ない。そんな開発ストーリーは想定外もいいところだ。あるとすれば「絶対にフェラーリに勝て」と明確な課題を出された「フォードGT40」の様な特殊なケースだけだろう。 開発開始当初は社長でもあった豊田氏直々に、そんなオファーを受けたエンジニアは多分緊張に震えたのではないか。何しろ相手は、そんじょそこらの役員と違い、本職のレーシングドライバーの誰もが口を揃えて「あの人はホントに速い」と証言する玄人裸足のレーシングドライバーであり、先に述べた通りトヨタグループのクルマの味付けを決めるマスタードライバーでもあるのだ。誰が考えたって、その本人に「これが欲しかった」と言わせるクルマを作るのは容易な話ではない。普通の神経をしていたら逃げ出したい。 実際、最初に作った一台に試乗してもらった際、モリゾウ氏は、たった一言「これなら要らない」と言ったらしい。会社員にとっては死刑判決に近い。なので、必死にやり直した。「元(ヤリスクロス)の部品が全然無いじゃないか」と言われたそうだが、何を言われようがモリゾウが頷かなければ話にならないし、「だったらお前がモリゾウに説明しろ」と言われれば、「おし、わかった。俺が行く」という人はまあいないだろう。 そんなわけで、ボディから足回りからパワトレまで、従来のコンパクトカーのコスト管理からかけ離れたものに仕上がった。お値段650万円から(笑) まあ、多分それで良い。歴史上、多くの自動車メーカーが、小さな高級車に挑んできた。それぞれに創意工夫して、ウッドパネルやアルカンタラや高級レザーの内装などを奢ったが、とりあえず普通に走るクルマの基本コンポーネントを大幅に改造した前例はない。 当然の帰結として、できたクルマは「内装だけ高級な大衆車」に過ぎず、本当の意味での小さな高級車は見果てぬ夢だったのだ。LBXはそれを明らかに凌駕するクルマになった。それは豊田章男と言う人が、トヨタの中興の祖として、事業を躍進させ、そのトヨタの他を圧する資金力で、誰も手をつけなかった「基本コンポーネンツに圧倒的に金を掛けたコンパクトカー」を作れという命令を下せた。もちろんそれは14年間の経営努力の賜物ではあるのだが、時と所と人を得たこの瞬間しかなし得ないクルマなのではないかと筆者は見ている。 みなまで言わないが、おそらく人生の絶頂期を迎えて、銅像を建てたり、ピラミッドを作るよりも、世界を驚かせるクルマを作ることを選んだモリゾウという人をあなたはどう思うだろうか。 GRヤリスとの究極的な違い さて、素のLBXの話はわかったからMORIZO RRの話をせよというブーイングが聞こえてきそうなので、そちらに移ろう。
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レスポンス 池田直渡