キム・テリ、『ジョンニョン』主演抜擢は必然だった 感情の機微を全身で表現する魂の名演
ディズニープラスで配信中の『ジョンニョン:スター誕生』が、日々勢いを増している。韓国本国でスタート当初は4%だった視聴率が、第2話で早々に2倍に跳ね上がり、第4話では12%と急上昇。放送前、原作ウェブトゥーンとのキャラクターの違いでファンから難色を示されていたが、始まってみれば原作者からも絶賛の声が出るなど(※1)、完成度の高いドラマに仕上がっている。 【写真】『ジョンニョン:スター誕生』場面写真(複数あり) 1950年の港町・木浦。海産物を売りながら姉と母の3人で暮らすジョンニョン(キム・テリ)は、歌うことが大好きだった。ある日、市場で自慢の歌声を披露していたところを見知らぬ美青年に声をかけられる。実は今を時めく女性国劇、メラン国劇団の花形男役オッキョン(チョン・ウンチェ)だった。オッキョンに招待されて巡業公演を見たジョンニョンは、華麗な歌と踊り、演技にたちまち心を奪われる。 『ジョンニョン:スター誕生』は、本格的に女性国劇を題材にしたドラマシリーズでは数少ない作品だ。テーマの新鮮さ、舞台に青春を燃やす登場人物たちのドラマに加え俳優陣の熱演に注目が集まっているが、とりわけ“座長”を務めるキム・テリがベストアクトを更新する力演を見せている。 男性中心だった伝統国劇に女性だけの劇団ができたのは1948年、日本の敗戦により韓国が解放された3年後だった(※2)。パンソリ(歌い手が太鼓の伴奏者とともに歌やセリフなどでストーリーを語る伝統音楽)を母胎とした女性の名唱(歌の名人)たちは、伝統芸能でありながら男性より華やかで、オッキョンのような見目麗しい男役には熱狂的なファンもついた。離婚した女性歌手が奇異な眼差しを向けられているシーンが象徴的だが、社会そのものが強固な男性主義である中、女性が主体となり芸能集団を形成することに困難もあったが、序盤、市場で姉と魚を売っていたジョンニョンが、みかじめ料を要求するチンピラ相手に自慢の歌を披露して見せ「歌を聴いたら金を払え」と迫ると、それまで臆していた商人たちも一斉に文句を言い立て追い返す。戦争で疲弊した人々にとって歌がどれほど拠り所であったか伺えるシーンであると同時に、民衆を鼓舞するリーダーが女性であることも示唆的だ。 かつて名唄だった母ヨンレ(ムン・ソリ)の才能を受け継ぎ、天口声(先天的に持った荒くも澄んだ声)を持つジョンニョンはともすればよくある天才的主人公になりかねなかったが、命を吹き込んだのがキム・テリの渾身の演技だった。3年間の指導による歌唱シーンは、カットをほとんど割らずに見せても遜色のない圧巻の出来栄えだが、それ以上に、劇団の新鋭ヨンソ(シン・イェウン)への嫉妬や、親友ジュラン(ウ・ダビ)への何ともつかない愛情、劇団の一員として成長したい焦りなど、まだ荒削りの才能を持つ彼女が抱く複雑な感情は、あの時代にたしかに生きていたであろう1人の国劇歌手を、その身に宿して完全に蘇らせたと言ってよい。とりわけ第8話では、オーディションに合格するため自分自身を追い詰めた結果、声が出なくなるという悪夢を味わうことになる。SNSで「伝説の演技」と賞賛の声が上がるほど凄絶なラスト3分の演技は、芸術に取りつかれた者の悲壮美を見事に表現している。 『ジョンニョン:スター誕生』はキム・テリにとって初めての歌手役だが、キャリアを振り返ってみるとジョンニョンというキャラクターに抜擢されたのは必然だったように思う。キム・テリの名が広く知れ渡るきっかけとなったのは、1500人のオーディションを勝ち抜いて抜擢された、パク・チャヌク監督『お嬢さん』で演じた孤児の少女スッキ。彼女は詐欺師の伯爵とともに富豪の一人娘・秀子(キム・ミニ)に取り入り財産をだまし取ろうとするが、逆に秀子と結託して伯爵をやり込めてしまう。『お嬢さん』は、2人の女性を抑圧する男性たちに逆襲する痛快なシスターフッドムービーだった。この作品の好演で、キム・テリの持つしなやかさと意志の強さを持つ快活な人物像が広まったように思う。ちなみに『ジョンニョン:スター誕生』原作者によると、漫画でジョンニョンをデザインする際スッキを参照することが多かったそうだ(※3)。