【囲碁棋士・一力遼四冠インタビュー】19年ぶりの快挙で世界一、棋士の傍ら地方新聞取締役も務める“二刀流”の秘訣
■ 応氏杯優勝で実感した「日本の囲碁人気の低下」 ──9月に世界戦の「応氏杯」で日本勢として実に19年ぶりの優勝を成し遂げました。勝因として考えられることはありますか。 一力 個人の取り組みとしては、これまで「心技体」を整えることを意識してきました。「心」は2年ほど前からメンタルトレーニングを始めました。月に4回、マンツーマンでメンタルトレーナーの先生と向き合い、対局を振り返りながらどの局面での精神状態が勝ち負けに結びついたかなどを分析してもらっています。 メンタル面が重要だと思った大きなきっかけが、3年前の名人戦七番勝負です。2勝2敗で迎えた第5局は良い内容で勝ったのですが、第6、7局は内容も悪く連敗してしまいました。『あと1勝』という気持ちが強すぎて、その後に行われた天元戦でも4局とも内容がまずく、負けが込んでひきずることが多くなりました。これはメンタル面の課題が大きく、改善が必要だなと思って始めたのです。 「体」については、「皇居ラン」にはまって週に3回ほどランニングをしていた時期もありますが、今は水泳を続けています。 「技」では、もっぱらAIで布石の研究をしたり、棋士仲間が開催しているAI研究会に参加したりしています。私の場合はAIが推奨する進行を自分なりにアレンジしたりもしています。あとは、難しめの詰碁を毎日50問ほど、30分~1時間で解いています。 ──心技体をバランス良く鍛えたことが応氏杯の優勝につながったのですね。 一力 許家元九段が通訳兼研究パートナーとして帯同してくれたのも大きかったです。同年齢ということもあって精神的に気楽に臨めましたし、彼なくして優勝はなかったと思います。2人で外に出て食事に行ったり、ホテルで碁盤を借りて、翌日の対局に向けての研究をしたりしました。 ──世界で見ると中国や韓国勢の活躍が目立ちますが、いまや日本の棋士も肩を並べるレベルにきているのではないかと思いますが。 一力 層の厚さという点ではまだまだです。日本では井山裕太王座や芝野虎丸九段など世界戦で戦えるレベルの棋士は数えるほどしかいませんが、韓国では5~10人、中国では30~40人もいて、その差は大きいです。 ──日本では将棋に比べて囲碁人気の低下も指摘されています。そうした状況が続けば世界で活躍できる若い棋士も育ってきません。 一力 40代以下の棋士はみな危機感を抱いています。囲碁人気をすぐに回復させることは難しいかもしれませんが、魅力的な棋士もたくさんいますので、囲碁界全体でもっと発信力を高めていく努力も必要だと思います。 私自身は、もっとスポーツ的なアプローチができたらいいなと考えています。例えば、世界ランキングも非公式なものはいろいろありますが、オフィシャルのランキングがひとつあれば、多方面にも働きかけやすいと思います。 ──囲碁の魅力ももっと幅広い年齢層、特に若い世代に広めていくことが重要です。 一力 囲碁は年齢、性別、国籍を超えて交流できます。今年の世界アマチュア選手権では60カ国から出場者が集まりました。それだけ多様性のある人たちが盤上を通して意思疎通ができるのは大きな魅力です。 私自身、20年以上囲碁をやっていますが、毎回、新しい発見があることが、続けていく原動力になっています。現代は趣味も多様化していて、すぐやめてしまうこともありますが、ひとつの物事に集中して取り組むことで見えてくる世界があります。 思考力、判断力など教育的に囲碁の効用をアピールできる側面もあり、学業へのフィードバックもできると思います。囲碁はマインドスポーツ、棋士は“頭脳アスリート”。そんな認識ももっと広められたらいいですね。 ──最後に一力さんの今後の目標を教えてください。 一力 国内のタイトルをもっと増やし、最終的に「七冠」を取ることが大きな目標です。そして国際戦でももう一度優勝したいです。 応氏杯で優勝して感じたのは、日本では世間的な認知がまだまだ足りないなということ。中国では3000~4000万人の囲碁人口がいて絶対数が違いますし、中国のどの都市に行っても、たくさんの囲碁ファンの人たちからサインを求められました。 日本でももっと囲碁人気が高まるよう応氏杯の賞金(40万ドル=約5700万円)の一部を使ってイベントを開催するなど、普及面でも貢献できたらと思っています。
内藤 由起子/田中 宏季