『燕は戻ってこない』の“正しくて間違っている”怖さ 桐野夏生×長田育恵が描く“公正性”
『燕は戻ってこない』が炙り出す視聴者の“本性”
そんなリキに基から怒りのメッセージが届く。長文でつらつらと書き連ねた警告文には基のモラハラ気質を感じて、これもまた嫌悪感を禁じ得ないが、書いてあることは至極全うだ。基と悠子(内田有紀)は彼女に一千万という大金を支払うのだから。人工授精だって、一回、一回お金がかかる。それがリキの勝手な行動で無駄になってしまうかもしれないとなったら、基があれだけ怒るのも理解できる。2人が貧困にあえぐ彼女をお金で搾取しているように見えるかもしれないが、実のところ主導権を握っているのはリキなのだ。彼女がやっぱりやりたくないと言えば、2人は子供を持つ手段を失ってしまう。 だけど、こうも考えられる。代理出産は命懸けのビジネスで、リキは死亡のリスクを背負っている。それも込みの報酬と言ってしまえばそれまでだが、死んでしまったら何の意味もない。だったら、事前に相談しなかったのは問題かもしれないが、地元に帰ってお酒を飲むくらい……と思ってしまうところもある。リキの言い分も基の言い分も、正しくて、間違っている。だから、怖いのだこのドラマは。どちらかに偏ってしまった時に、自分の本音や本性が炙り出されてしまう。 結局、リキは基にコントロールされまいと「人工授精期間は他の誰とも性的関係を持たない」というおそらく最も重要な規約を破り、地元で再会した日高だけではなく、故郷に帰ることになった女性用風俗のセラピスト・ダイキ(森崎ウィン)とも関係を持つ。精子の生存期間を知らず、排卵日だから問題ないと思い込んでのことだった。浅はかすぎる行動の報いをリキは受けることになるのだろうか。
苫とり子