横浜FM歴代最高助っ人は? 出場試合数ランキング3位。突然の変貌!? ゴール量産で優勝に導いたレジェンド
31年目のシーズンを終えたJリーグでは、これまでにさまざまな選手がピッチに立ってきた。長い歴史で多くの助っ人が来日し、クラブの成功・発展に力を尽くして、さらにはレジェンドとなって愛された選手も多くいる。今回は、横浜F・マリノス(横浜マリノス時代を含む)在籍時に最も多くJリーグに出場した外国人選手を順位ごとに紹介する。※成績はJリーグ通算
3位:ダビド・ビスコンティ(アルゼンチン) 生年月日:1968年9月22日 Jリーグ通算出場数:121試合 在籍時期:1993-96 アルゼンチン人のダビド・ビスコンティは、1993年に横浜マリノス(現・横浜F・マリノス)に加入し、1996年に退団するまでに121試合に出場した。 アルゼンチン代表経験があるビスコンティは、Jリーグ創設初期のスタープレーヤーの一人と言える。加入当初は攻撃MFとしてアルゼンチン代表の先輩であるラモン・ディアスを活かす立場として活躍した。 ラモン・ディアスが監督との対立で出番を失った1995シーズンは、より高い位置でプレーするようになり、リーグ戦で27得点を記録。年間王者を決めるJリーグチャンピオンシップのヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)戦のファーストレグでは数少ないチャンスを活かして決勝点を決め、初優勝の原動力になった。 ビスコンティはマリノスを退団したあと、チリ、スペイン、アルゼンチンでプレーし、2000年にアビスパ福岡に加入して日本に復帰。2002年にサガン鳥栖で現役を引退した。
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