『アンメット』は空白と向き合う行程に 杉咲花と若葉竜也の心揺さぶる対話
『アンメット』で重要な役割を担う時間と感情
『アンメット』では時間が重要な役割を担っている。ミヤビのモノローグにもあるように、時間的な連続に私たちは人格の同一性を見出す。その基盤が崩れたとき、自分という存在は揺らぐ。言葉を奪われたレナにとって、リハビリの時間はあったかもしれないもう一つの未来だった。一方で空白を補充し、癒すのもまた時間である。ふたたびアイデンティティを回復するには、ミヤビのように日々、新たな1ページを重ねる以外にない。 生きることを諦めそうになってもおかしくないのに、そうしないのはなぜなのか。自問自答するミヤビは、三瓶に強引に促され、主治医の大迫(井浦新)の助言を受けて医師に復職する。レナは、絶望的な状況でも女優復帰を諦めない。決断を左右しているのは強い気持ちである。三瓶は「強い感情は忘れません。記憶を失っても、その時感じた強い気持ちは残るんです」と言い、ミヤビはそれを「記憶がなくても心が覚えている」ことと理解した。 単なる精神論ではない脳に秘められた可能性。人間は感情の動物と言われるが、生きるために必要な意欲は情動がもたらしている。三瓶は、記憶を失ったミヤビの中にある感情を信じたのではないか。屋上のシーンは、絶望への恐怖から動けなくなるミヤビの弱さをミヤビ自身に代わって指摘することで、眠っていた感情を呼び覚ましているように見えた。三瓶がなぜそれをしようとしたかは、次回以降で明らかになるのだろう。 たとえるなら『アンメット』は空白と向き合う行程である。私たち誰もが自身の中にブラックボックスを持っている。静謐な空間で進行するドラマは、一人ひとりの内面の物語に光を当てるものになりそうだ。
石河コウヘイ