「袴田事件」弁護団長の西嶋勝彦氏が死去 “雪冤”への思いを句に遺す
再審開始確定で見せた涙
2年ほど前、西嶋氏は東京都内のお茶の水合同法律事務所で筆者のインタビューに応じてくれた。14年の静岡地裁、村山浩昭裁判長(当時)による再審決定時を振り返り「再審開始はある程度予想をしていたが、まさかすぐ(巖さんを)釈放するとは思わなかったんで慌てちゃったよ」と打ち明けた。再審請求審では東京高裁が捏造に触れずに再審開始の決定文を書くことはできるのですかと訊くと、しばし考えた後「うーん、それは難しいなあ」と呟いていた。 だが昨年3月、東京高裁の大善文男裁判長は「捜査機関の捏造」を明記した再審開始決定を行ない検察もそれに対する控訴を断念。再審開始が確定したことを受けて東京で開かれた会見で西嶋氏は、「巖さんに一刻も早い再審開始を」と声を振り絞り、公の場で初めて涙を見せた。この時、筆者は浜松市にある袴田さんの自宅で巖さんとひで子さんと一緒にいたため、その涙を見ていない。今年中には出るはずの無罪判決の暁には今度こそ西嶋氏の、再度の感涙を間近で見たかった。 ひで子さんは1月24日、筆者の取材に対し、西嶋氏との思い出を改めて次のように語ってくれた。 「最初の頃はすごく威厳があってあまり話もできなかった。それが健康を害された頃から丸くなったのか、親しみやすくなりましたね。昨年12月20日の再審期日では待合室で一緒に冗談を言い、大笑いしましたけど、それっきりになるなんて……。あと半年生きて巖の無罪判決を見ていただきたかった。運命かもしれないし残念だけど、安心して旅立たれたと思います」 西嶋勝彦氏、最後となった年賀状での自作句は以下である。 春が来る 袴田姉弟 雪冤だ 小春日に 駿河路通い 車椅子
粟野仁雄・ジャーナリスト