成熟は幻想、だから『ボクたちはみんな大人になれなかった』の感傷を共有する
世代は違っても、普遍性はあるはず
世代は一回り以上違うけれど、95年の地下鉄サリン事件が人生の大きなターニングポイントになった僕にとっても、この感傷は共有できる。あの頃はスマホもSNSもなかった。伊藤沙莉演じるカオリとボクとの出会いは雑誌の文通欄だ。でも彼女は去ってゆく。その後もボクは、多くの人を傷つけ、傷つけられ、出会い、そして別れる。体験量が増えるということは、喪失する量も増えるということだ。人の中身はほとんど変わらないと書いたけれど、失うことのつらさと寂しさは、映画のボクもこの原稿を書いている僕も、昔はきっと気付いていなかった。 ......今回の原稿は、極めて個人的な思いが色濃いレビューになってしまった。でも世代は違っても、普遍性はきっとあるはずだ。 主演の2人以外にも、俳優たちはみな素晴らしい。1つだけ難を挙げる。ボクにとって最も重要な存在であるはずのカオリの輪郭が希薄すぎる。理由の1つは登場が遅すぎるからだ。時間軸をカットバックするなど、構成で工夫できたと思う。 『ボクたちはみんな大人になれなかった』(2021年) 監督/森義仁 出演/森山未來、伊藤沙莉、東出昌大、SUMIRE <本誌2024年7月30日号掲載>
森達也(作家、映画監督)