日本市場の重要性を改めて認識する米国企業、変革期にある製造業がカギ
日本市場の重要性が改めて認識され、投資を積極化する姿勢が出ている。製造業は日本の経済をリードする一方で、労働力不足など日本の課題を色濃く受ける業種でもある。データを活用し、デジタルツインを実現し、DXを推進する支援が必要だ。 【もっと写真を見る】
今回のひとこと 「PTCは、大きな変化のなかにある。デジタルスレッド戦略を構成するループが完成し、製造業における製品ライフサイクル全体を網羅するソフトウェア製品群を揃えた。これからは、日本の製造業のDXを支援する中心的な存在になりたい」 米国本社と日本法人の社長がほぼ同時に交代 PTCが大きな転換点を迎えている。 同社は、CADや製品ライフサイクル管理 (PLM)、IoT アプリケーション開発プラットフォーム、拡張現実 (AR) オーサリングソリューションなどを製造業向けに提供している企業であり、ここ数年で、アプリケーションライフサイクル管理(ALM)およびサービスライフサイクル管理(SLM)の領域にも事業を拡大している。 PTCが転換点を迎えている理由のひとつめは、米本社および日本法人の社長が、ほぼ同時に交代したことだ。 米本社では、2024年2月14日付けで、ニール・バルア氏がCEOに就任。2010年から約14年間に渡り、CEOを務めたジム・へプルマンからバトンを受け取った。 バルアCEOは、PTCが2023年に買収したService Max の CEOであり、フィールドサービスマネジメントの業界を牽引してきた人物だ。 一方、日本法人であるPTCジャパンの社長には、2023年11月1日付で、神谷知信氏が就任。こちらも13年ぶりの社長交代となった。神谷社長は、アドビ日本法人の社長を務め、クラウドへの事業転換やサブスクリプションによるビジネスを加速してきた経験を持つ。 2月まで会長兼CEOを務めたへプルマン氏は、「世代が高いと、ツールを変えることを好まない傾向があるが、古いプロセスやツールのままでは、変革に遅れるだけでなく、若い人たちの採用が進まないという課題も生まれる。若い人たちは変えなくてはいけないという気持ちが強い。PTCも世代交代し、新たな世代のリーダーに率いてもらうことがいいと考えた」とする。そして、「今後はCEOの立場を離れ、仕事の旅行でなく観光旅行を楽しみたい」と笑う。2023年度実績では売上高が前年比23%増の21億ドル、時価総額は200億ドルを超え、過去最高の1年を記録したところで、第一線から完全に退く潔さもみせる。 このように、米本社および日本法人のトップの交代によって、新体制で事業を推進する体制が整った。 メーカーからソリューション企業への展開 2つめは、個別の製品提案から、プラットフォームでの提案を行う企業へと進化してきたことだ。 PTCは、3次元CADの「Creo」で事業をスタート。その後、Windchillの買収により、PLM(製品ライフサイクル管理)のマーケットリーダーとして成長を遂げてきた。 さらに、2022年にCodeBeamerを買収したのに続き、2023年にはServiceMaxおよびpure-systemsを買収。PLMに留まらず、ALMおよびSLMまでをカバーし、製造業における製品ライフサイクル全体に貢献できるようになった。 これにより、これまでの個別製品の提案から、プラットフォームとしての提案が行える環境が整った。 PTCでは、これを「デジタルスレッド戦略」と呼び、PTCジャパンの神谷知信社長は、「製造業における製品ライフサイクル全体を網羅するソフトウェア製品群を揃えたことで、デジタルスレッド戦略を構成するループが完成した。これは、10年以上前から描いていたものであり、CADによる単一製品の提案ではなく、PLM、ALM、SLMを組み合わせたプラットフォームの提案ができる企業へと進化したともいえる」と語る。 デジタルスレッド戦略では、設計した情報を工場に流して、製造し、商品を顧客が長年に渡って利用し、その情報を受け取って、また設計部門に戻すというループを、ソリューションとして提供できる仕組みを構築。企画、設計、生産、運用、監視、サービス、情報といった流れをループとして循環させることになる。 そのループを構成するのが、CADの「Creo」、ALMの「CodeBeamer」、IoTソリューションの「ThingWorx」および「Kepware」、AR/VRの「Vuforia」、PLMの「Windchill」、SLMの「ServiceMax」などの製品群だ。 また、これらのデータは、生成AIにも活用され、すでに、生成AIによって最適な設計を行う「ジェネレーティブデザイン」の提案を開始。NASAが宇宙空間で利用する生命維持バックパックの設計に生成AIを活用したり、スノーモービルメーカーでは、構成部品の設計に生成AIを利用し、堅牢性と軽量化を両立したりといった事例が生まれている。 このように、設計、製造分野における「製品を、作って、売る」までに必要な情報を、「デジタルの糸」でつながる形で一元管理し、様々な情報が追跡しやすく、つながりあう状態が実現されることになる。担当者レベルから管理者まで、最新かつ最適なデータに、いつでも、素早くアクセスでき、設計品質、製造品質を向上させ、業務効率を向上させ、判断を迅速化することができるというわけだ。 PTCジャパンの神谷社長は、「設計や生産の現場の改善だけでなく、経営判断にも生かすことができるソリューションへと進化させることができた」と自信をみせる。 米国本社直轄で、日本市場の展開を強化 3つめの転換点は、日本への投資が、より積極化するという点だ。 それを裏づけるように日本法人は米国本社の直轄組織となり、ポジションを高めることになった。 PTCのバルアCEOは、「日本市場は、PTCにとって重要な市場であり、これからも投資を続けていくことになる」と宣言する。 日本での投資を積極化する背景には、100年に1度の変革期を迎えている自動車産業をはじめ、日本の基幹産業である製造業におけるデジタル化が急速に進展しており、そこにPTCが貢献できると考えているからだ。 バルアCEOは、「日本の企業は、DXの取り組みを進めざるを得ない状況にある。とくに、自動車産業では、EVの分野において、米国や中国に先行されてえり、切迫感がある。また、SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)に対する関心が高まっており、経営判断や開発、製造におけるスピードへの危機感もある。PTCが支援できる部分が大きい」と語る。 PTCジャパンの神谷社長も、「PTC社内では、日本市場の重要性が改めて認識され、日本の市場への投資を積極化する姿勢が示されている」としながら、「製造業は日本の経済をリードする業種であるが、それは見方を変えれば、労働力不足などの日本が抱える課題の影響を最も大きく受ける業種であるともいえる。しかも、日本の製造業のDXは遅れているという課題もある。日本の製造業が、データをより活用し、デジタルツインを実現し、DXを推進する支援ができるのがPTCである。PTCジャパンでは、SLMやIoT、ALMへの投資を加速し、人材にも投資をしていく。日本の製造業のDXを支援する中心的な存在になりたい」と語る。 今後は、ハードウェアの開発者に対して、ソフトウェア開発の重要性やポイントを説くことができる人材とともに、市場動向を理解し、業界の規制にも精通していること、海外の先行事例を日本の企業に適切にフィードバックできる人材の確保を進めていくという。 「日本の製造業の成長とともに、PTCジャパンも成長していく。製造業におけるDXのリーダーを目指し、日本の製造業を元気にすることで、日本全体を元気にしたい」と、神谷社長は意気込む。 新たな体制となり、新たな製品群を揃え、投資が積極化するPTCジャパンが、日本の製造業を元気にする役割を担うことなるか。神谷社長の舵取りが注目される。 文● 大河原克行 編集●ASCII