家庭内暴力、ネグレクト…サバイバー絵師タカちゃん「描くことだけが、楽しみでした」
愛媛県内の社会的養護関係のイベントのチラシや施設のパンフレットに、丁寧に描かれた色鮮やかな漫画風の絵が添えられていることがある。作者は、居場所のない女性が共同生活するステップハウス「ラパン」(今治市古国分3丁目)の利用者タカちゃん(21、仮名)。幼いころから家庭内暴力、孤立、ネグレクトなどの逆境を生き抜き、絵を描き続けてきた。作品中のキャラクターは、タカちゃんが生きてきた現実と反比例するようにキラキラと輝く。「描くことしか、楽しみがありませんでしたから」(今西晋)※サバイバー=生き延びた人 ■輝くキャラクター タブレットの画面には、これまで描きためてきた作品がずらりと並んでいる。自分で考えたという男性とも女性ともつかないキャラクターは、はにかんだように笑ったり、静かにこちらを見つめていたり。背景は陽光がきらめくレモン畑、夜に輝くネオンなど、パステルやビビッドなど多彩な色彩を使い分ける。髪の毛1本、服のひだまで細かく描き込むのが特長だ。 作品にかける時間は6~12時間余り。イメージが浮かんだら、長時間ぶっ通しで作業する。「昔からキラキラしたものが好きなんです。技術を勉強する機会はなかったけど、描いた時間は誰にも負けないかな」。タカちゃんは絵の話をすると、大きな声で笑う。 ■普通と違う家 東南アジア出身の母と日本人の父の間に、東予地方で生まれた。両親とも収入があったがギャンブル依存の疑いがあり、出費が多く生活は楽とは言えなかった。両親が家庭にいる時間は少なく、家には床が見えないほどごみ袋が積み重なっていた。 家庭の子育ては、普通とは言い難かった。「母は母国の習慣と宗教上の戒律に従っていて、日本の家庭とは全然違うんですよね。ベルトやハンガーで思いっきりたたかれて、いつもミミズ腫れがいっぱいあって。友達とのつきあいも制限されて、遊びに行くことはほとんどなかった」 母は日本語に不自由していなかったが、身近に相談できる外国人がおらず、寂しさを抱えていたのだろうか。夜間、孤独を埋めるように飲食店で働いた。タカちゃんは家で待っているだけでなく、母の店に連れて行かれて夜遅くまで待つこともあった。 両親は感情の起伏が大きかった。忘れられない夜がある。何かのきっかけで父が激高。何度も顔を殴られ、歯がぐらつき、血まみれになった。仕事を終えて帰ってきた母が、それを見て激怒し、包丁を持って父を追いかけ回した。深夜の住宅街に怒声が響き渡った。暴力や怒鳴り声がいつ襲ってくるか分からない。緊張の中で生きてきた。 ■異臭の部屋で 絵を描き始めたのは幼少期だった。近所に住む父方の祖母が買ってくれた塗り絵から始め、好きな絵本をお手本に自分で描き始めた。おもちゃやゲームを買ってもらえなくても、紙とペンさえあれば没頭できる遊び。成長後は、スマートフォンのアプリを使い表現の幅を広げた。 ごみの異臭がする部屋で、絵だけがキラキラと輝いていた。 ■誰も知らない 家族は家庭の内情を隠し、タカちゃんに地域や学校の目は届かなかった。20歳に車中泊を続け、お金や食料が尽きたところで知人を介して「ラパン」に入居した。職員浦田真代さんらのサポートを受けながら、共同生活を送っている。 浦田さんはタカちゃんの絵について「ギリギリの生活を生き抜く心のよりどころだった」とみる。「過酷な環境で育った子どもは自分や他人に攻撃的になる例もあるけど、タカちゃんは穏やかなんです。絵のおかげで心の中で友達をつくり、楽しみを見つけることができたからじゃないかな」 壮絶な環境を耐えてきたタカちゃんは今、失った子ども時代を取り戻すように、懸命にさまざまなスキルを身につけている。浦田さんは「独りぼっちで苦しんでいる子の存在に気づく大人が増えてほしい」と願う。
愛媛新聞社