【ラグリパWest】献身。杉下暢[レッドハリケーンズ大阪/主将/FL]
チームの危機にキャプテンとして身を挺した。右ひざ裏にはメスのあとが生々しい。 杉下暢(とおる)は1月13日、GR東葛戦に先発する。今季リーグ4戦目で初出場だった。 13-48。レッドハリケーンズ大阪(略称:RH大阪)は31歳主将の奮闘を勝利に変えられなかった。 「12月1日にオペをしました。年明けの4日から全体練習に参加して、9日からコンタクト練習に入りました。コンタクトをやったのは8か月ぶりくらいですかね」 しれーっとそう言う。体のぶつけ合いを再開して、5日で試合に出た。褐色の中の黒い目が光る。幕末の志士のように、ことを成し遂げようとする精悍さが漂う。 杉下はわかっていた。このままでは、目標とする入替戦、そしてリーグワンのディビジョン1(一部)への昇格は難しくなる。前節はS愛知に12-71と大敗した。6チーム中上位3チームしかその権利は得られない。 「公式戦復帰は前倒しになりました」 病名は膝窩動脈外膜嚢腫(しっかどうみゃくがいまくのうしゅ)。右足の動脈にゼリー状の物質が詰まってしまう。 「10分ほどで歩けなくなります。数分休むと回復する。その繰り返しでした」 4つ目の病院で診断がついた。 「難病ではないけれど、珍しい病気です」 発症は昨年5月だった。 杉下のぶっつけ本番で試合に臨んだのは、ほかにも理由があった。定位置のFW第三列がケガ人であふれていた。 「東葛戦、バックローは僕を含めて4人しかいませんでした」 背番号順に杉下、佐藤大朗、ジョシュ・フェナー、五十野海大だった。 チームにとっても底のような状況の中、杉下は驚異的な回復力を見せつける。80分間、交替することはなかった。 「あれだけのキャプテンシーを持った選手はウチにはいません」 GMの高野一成は手放しでほめる。 杉下のアドバンテージは184センチ、108キロの体に示される大きさだ。 「めちゃくちゃ手がデカいんです」 話者は年上の元同僚、小樋山樹(しげる)。今は関西学院大の監督をつとめる。 メジャーで測ってもらった。手を広げれば、小指から親指まで27センチはある。普通の人の1.5倍ほど。杉下は笑う。 「オフロードは得意ですね」 その強さで相手のタックルに耐え、がっちりとした手で確実にボールをつなげる。 その肉体が最初に磨かれたのは、グローブのような手から連想できる野球である。中学時代はクリーンアップを任された。中高大と10年間を立命館で過ごす。 中学受験を乗り越えたのは、父・浩教の足跡を追うためだった。一家は京都の二条城近くで「杉下印染工場」をやっている。 「もうすぐ創業90年になります」 杉下は解説する。紋やのれんなどの色づけを主業としている。 ラグビー転向は高2の冬だった。 「くすぶってんのやったら来てみいひんか、って周りから誘ってもらえました」 高校では野球の競技推薦があり、上手な同期が入って来る。力の差を感じていた。 楕円球の適性はあった。開始から実質2年で、関西大学リーグ最上のAで公式戦に出場した。入学から1年で体重を20キロ増の100キロにする。 「牧野さんに鍛えてもらいました。1日6食でベンチプレスなんかをしまくりました」 ウエイトトレを指導した牧野慎二は今、トヨタVのリードS&Cコーチである。 3年時には、主将HOの庭井祐輔の下、12年ぶり3回目となる関西制覇をする。続く大学選手権は50回大会(2013年度)。プール戦では明治に12-10も1勝2敗で敗退した。 「初の4強入りを逃してしもて、後悔しています。負けは1トライで届く点差でした」 点差は、慶應には4、東海には7だった。準決勝進出は慶應。優勝はその黄黒ジャージーを45-14で降した帝京。5連覇目だった。庭井は横浜Eでプレーを続けている。 NTTドコモには社員選手として入った。RH大阪の運営母体である。 「3回生から声をかけてもらえました。関西のチームということもありました」 入社は2015年。ドコモショップへの営業から、代理店サポートに移り、昨年7月から運送業への法人向け営業をしている。 法人営業に移った時期、チーム再編があり、浦安DRにプロとして移った仲間がいた。 「プロになる選択というのは若い頃、なかったわけではありません。でも今は仕事ができて、ラグビーもできて楽しいです」 3歳の娘がいる。現役引退をしてからの生活の安定は欠かせない。 「会社は人材育成に力を入れてくれています。一般の研修以外に、社員選手のみの研修もあります。この会社に入ってよかったです」 この4月から入社、そして入部10年目に入る。その間、ラグビーは波乱万丈だ。 「上から下まで経験しています」 入社年度にリーグワンの前身であるトップリーグの二部に落ちた。そのあと、昇格、再び降格もあった。コロナのあとはSHのTJ・ペレナラ加入による最上5位に入った。 歴史を知るからこそ、RH大阪を守りたい気持ちが年々強くなる。愛着がわく。病身から復帰間もなく戦ったのもそのためだ。 「これまで4シーズンは全試合出場ができました。それは途切れてしまいましたが、残り試合は全部出たいです」 次戦は2月3日。首位の浦安DRと戦う。RH大阪は勝ち点差7の4位。今季初の「NTTダービー」に敗れるとトップ3入りが遠のく。杉下は自身の体調に目を向けることなく、チームのため、必勝の気持ちで臨む。 (文:鎮 勝也)