報徳学園・間木歩投手が振り返る、自分より上手い選手を目標に頑張った少年野球時代
甲子園を沸かせた最速144キロ右腕。1年秋からドラ1候補右腕・今朝丸裕喜との二枚看板でチームを引っ張り、今年はキャプテンとして2年連続となるセンバツ大会準優勝に導きました。U18日本代表でもキャプテンを務めた右腕は、大学へ進み4年後のプロ入りを目指します。そんな間木君に、小中学生時代の野球を振り返ってもらいました。 野球を頑張れたのはチームメイトのおかげ ――野球をはじめたきっかけは? 間木 小一のとき、兄が野球をやっていた影響ではじめました。 ――小さい頃はテレビで野球は観ていた? 間木 観ていましたね。阪神ファンの父が観ていたのでその影響で観ていたのもあります。 ――少年野球時代を振り返ると楽しかった? キツかった? 間木 自分はキツかったイメージが残っています。 ――結構強いチームでしたか? 間木 県大会で優勝するくらいのチームでした。 ――どの辺がキツかったですか? 間木 コーチが怖かったですね(笑)。そのコーチに結構走らされたり、怒鳴られたりとかもありましたね。 ――練習は週にどれくらいやっていた? 間木 週に4日やっていました。土日と平日の2日。土曜が昼から、日曜が朝から夕方まで。 ――練習がキツくて辞めたいなと思ったことは? 間木 5年生の時に一度だけ「サッカーしたいな」と思ったことはありました(笑)。親にも相談したんですけど「別にいいけど後悔しないかしっかり考えろよ」って言わて、そのときによく考えて「野球を頑張ろう!」って思いました。 ――キツいし、怖いコーチもいるけどそれでも野球を頑張れたのは? 間木 チームメイトの影響が大きかったですね。自分より上手い選手がいて、そいつに負けないように頑張ろうと思っていたので。それで乗り越えることができました。 ――当時から将来は甲子園に出たいとかプロ野球選手になりたいとかは思っていた? 間木 何となくでしたけど、思ってはいました。 ――身長(180cm)は小学校の頃から大きかった? 間木 背の順は真ん中らへんで全然大きくなかったですね。 ――いつ頃から伸び始めた? 間木 小6から中1になるタイミングで結構伸びました。中学に入る頃は大きい方になっていました。 ――背を伸ばすために睡眠とか食事などで意識したことはありましたか? 間木 いま思えばですけど、たくさん寝ていたと思います。21時過ぎには寝ていましたね。 野球を好きでいたら野球が上手くなる ――中学のチーム(伊丹ヤング)はどういうふうにして選んだ? 間木 兄がそこでやっていたからです。 ――中学の練習は? 間木 土日と平日2日の週4でした。土日は朝から夕方くらいまででした。 ――練習がない週の3日は何かしていた? 間木 ちょっとだけ軽いトレーニングみたいな事はやっていましたけど、他は何もやってなかったですね。遊んでました(笑)。 ――いま振り返ってみて、小中学校のときにもっとこうやっていればよかったなと思うことは? 間木 もっとがむしゃらにやっておけば良かったなと思います。知識も知恵もあまりない時期だったので、野球に対してちゃんと熱中して一生懸命にやっていたらなぁと思いますね。「ほどほどに」という感じでしかやっていなかったですね。 小、中と結構厳しいチームだったので、練習についていくのがやっとという感じで、あんまり積極的に、自主的にという感じではやれていなかったですね。もっと目標をもってがむしゃらにやっていればと思います。結果的に報徳にこれてよかったんですけど。 ――甲子園を目指している小、中学校で野球を頑張っている野球少年達に何かアドバイスをお願いします。 間木 一番は野球を楽しんで、野球を好きでいたら野球が上手くなるんじゃないかなと思います。野球を楽しんで欲しいですね。 ――野球を楽しむためにはどうしたらいい? 間木 仲間を大切にする。仲間がいたら頑張れると思うので良い仲間を見つけて、一緒に頑張って欲しいなと思います。甲子園に出たい子は報徳に来てください! (聞き手/写真:永松欣也) プロフィール 間木歩(まきあゆむ) 180cm82kg 右右 桜台ハンターズ(桜台小)ー兵庫伊丹ヤング(天王寺川中)
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