アルコールとともに生きて死ぬ人のためのケア─依存症でも“断酒しなくていい”ドイツの福祉施設は平和な終の棲家だった
禁止の限界 何十年もアルコール依存症と戦い続けても効果が見込めず、あとは亡くなるだけとなった場合、もはや「禁酒」は意味をなさない。むしろ、適切な環境で適量のアルコールを飲みながら、最後の日々を仲間と過ごすほうが、本人にとっても地域コミュニティにとっても幸せなのではないか──こうした考え方に基づき、飲酒をあえて許可しているドイツのアルコール依存症患者向け福祉施設が注目を浴びている。 【動画】飲酒可能だが秩序が保たれている施設の内部の様子 ドイツのハンブルクにある「ハウス・エーイェンドルフ」には、2024年8月時点で137人の入居者がいる。みんなアルコール依存症患者だが、全員に対して自由に飲酒が許可されている。アルコール依存症患者にも飲酒が許可されているホームはドイツに何箇所かあるが、ここが最大規模だと独誌「シュピーゲル」は報じる。 シュピーゲルによると、以前はハウス・エーイェンドルフも、ほかのアルコール依存症患者向けの施設と同様、アルコールを禁止していた。しかし、施設内での禁止は入居者のためにならなかったと職員は述べる。禁止されても、みんな建物の外でこっそり酒を飲む。泥酔して藪に埋まっている入居者を職員が引っ張り出して連れ帰ることは日常茶飯事だったという。 そこで施設は、時間をかけて入居者に飲酒を許可する体制を整えた。 ずっと酒を飲み続けてきた依存症患者から完全に酒を取り上げてしまうことは賢明ではないと、依存症の専門家も指摘している。アルコールについての著書があるロストックのゲルノルト・リュッカー医師は、重度の依存症患者においては「離脱症状が命取りになるケースがよくある」と述べ、この施設の手法はほかの施設でも参考にできるだろうと評価する。 施設は、利用料や食費を差し引いて、毎月約150ユーロ(約2万4300円)を自由に使える「お小遣い」として渡す。とはいえ、酒以外にほとんど買いたいものや必要なものがないため、入居者のほとんどはそのお金を酒に使うことになる。月初に一気に使ってしまわないように、週払いにすることもできる。飲酒の時間帯、一日あたりの分量、どこでどのような酒を買うか(移動が困難な人以外は自分の足でスーパーまで酒を買いに行く)は、基本的に各入居者の判断に任されている。 しかし、アルコール依存症患者に酒を与えてしまったら、問題行動に走ってしまうのではないか。そして入居者の健康はますます損なわれてしまうのではないか──そんな懸念に施設はどう応えているのだろうか。
COURRiER Japon