欧米では「英雄」でも、南米では「屈辱の象徴」になる…ミセス「コロンブス」MVが示した日本人の危うい国際感覚
■奴隷制擁護者のシンボルに対する破壊工作 いわゆる偉人がやり玉に挙げられることも少なくない。 ポルトガル統治時代に、サンパウロからブラジル内陸へと荒野と森を切り抜けた奥地探検隊バンデイランテスは、現在あるブラジルの国土を広げたことでサンパウロ州の発展のシンボルとして取り扱われてきた。しかし、奥地探検隊が先住民を奴隷狩りの対象にしていたことから、アファーマティブ・アクションが進む近年、サンパウロ市内の複数の奥地探検隊の石像が、社会批判を伴う落書きや焼き討ちの対象にされてきた。 サンパウロ出身の奥地探検隊マヌエル・デ・ボルバ・ガト(1649~1718年)の高さ約10メートルの石像は、街の発展の象徴として1963年に設置されたが、ボルバ・ガトが奴隷制擁護者だったことから、統治権力に対する抗議活動として、2016年には落書きされ、2021年に焼き討ちされた。 焼き討ちの犯人パウロ・ガロ氏はラッパーであり、都市部周辺の恵まれない世帯を代弁する社会活動家の一人だ。ガロ氏は「過去の奥地探検隊の先住民とアフリカ人のジェノサイドを問題提起するために石像を焼き討ちした」と警察に自首した上で語った。 ■「類人猿に文明を授ける」はあり得ない ガロ氏の破壊行動は、当時大統領だった極右ボルソナロ氏への抗議を含むものだったが、前年6月にイギリス西部ブリストルで、奴隷貿易の象徴と見なされた商人エドワード・コルストン(1636~1721年)の銅像が反人種差別デモ参加者らによって台座から引きずり降ろされ、海に投棄されたことに触発されたのは間違いないだろう。 「コロンブス」のMVに話を戻せば、多人種・多文化の世界で、その共生を目指す社会において、東洋系がヨーロッパの偉人に扮して先住民を想起させる類人猿に対して文明を授けるコンテンツはあり得ないことなのだ。あり得ないことを表現するのが現代的なアートだったとしても、アートにアクティビズム的色合いが強まる昨今において、現代社会の文脈を理解しない表現が評価されることはない。 ---------- 仁尾 帯刀(にお・たてわき) ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター ブラジル在住25年。写真作品の発表を主な活動としながら、日本メディアの撮影・執筆を行う。主な掲載媒体は『Pen』(CCCメディアハウス)、『美術手帖』(美術出版社)、『JCB The Premium』(JTBパブリッシング)、『Beyond The West』(gestalten)、『Parques Urbanos de São Paulo』(BEĨ)など。共著に『ブラジル・カルチャー図鑑』がある。 ----------
ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター 仁尾 帯刀