手作業のこだわりがすごい! ゼンハイザーのヘッドホン「HD 6XX」を工場で作ってきた
アイルランドにある、ゼンハイザーのタラモア工場を見学する機会を得た。30年以上の歴史をもつ同社オーディオファイル向け製品の工場であり、初代からHD 600シリーズの製造を手掛けてきた場所でもある。2022年には、ドイツで作られてきたHD 800などハイエンドモデルの組み立てについても、タラモアに集約された。 【画像】手作業でプレスして作られた、HD 800の振動板 前回の記事では、生産ラインの中でトランスデューサーが “全自動” で作られていく様子をお届けした。各工程で厳しく精度がチェックされつつ、最後にはすべての個体でサウンドの特性(周波数特性/感度/THDなど)がチェックされている、というのがハイライトだろう。 第2回となる本記事では、HD 800シリーズ、HD 600シリーズ、IE 900、そして1,000万円級のエレクトロスタティック型ヘッドホンシステム「HE 1」(※日本未発売)といった製品が、“手作業” で作られていく様子をレポートする。 また、HD 600シリーズの組み立ても実際に体験することができたので、合わせてお届けしていこう。なお工場内は、ほぼ撮影禁止のため、記事内では公式提供の画像も含めて使用している。 トランスデューサーもハンドメイド HD 800シリーズのエリア(工場内では「HD8NN」と記載)では、トランスデューサーの作成も含めて、手作業による製造が行われている。いくつかのテーブルが置かれており、トランスデューサーの作成、部品の取り付け、梱包など、それぞれの工程が用意されている。 トランスデューサーについては、圧力を加えてフォイルを振動板のかたちに成形したり、コイルを振動板に貼り付けたりといった作業をあえて手動で行っている。前回記事で紹介したSYS38では全自動の機械で行われていたものだ。各工程では目視でチェックが行われるほか、再生特性についても、トランスデューサー単体およびヘッドホン完成時に、それぞれ全数が検査される。 プロセスが進むにつれて作業担当者も変わっていく仕組みで、同じ工程を一人でやり続けるわけではないようだ。またHD 800だけでなく、HD 800 S、HD 820など同じシリーズの製品についても、オーダー状況に応じて切り替えられる。そのため多くの訓練が必要であり、「初日からここで働き始めることはない。ここに来るためのスキルを身に付けるのに長い時間がかかる」という。 また近くには、HD 600シリーズの生産エリア、IE 900およびIE 600のエリア、HDV 820のエリアも隣接している。これらはHD 800シリーズとは違い、自動化ラインで製造されたトランスデューサーとなるが、それ以外の組み立ては手作業だ。 特にIE 900およびIE 600については、ハウジングに組み込むトランスデューサーが7mmのSYS7ということで、かなり精密な作業が必要になる。そのため、マイクロスコープも活用しているという。 冒頭で触れたように、タラモア工場は初期からHD 600シリーズを作り続けてきた拠点でもある。従業員の中には、初代のHD 600を発売した当初から働いている人が多くいるとのこと。そういった長年の経験による熟練の技術によって、ゼンハイザー製品のクオリティが保たれてきたようだ。 手作業で作るのは「特別な感覚」が伝わるように タラモア工場で製造されているヘッドホンやイヤホンは、上述のように手作業で組み立てられているが、自動化を進めて効率化させる道もあるだろう。また大半のトランスデューサーが自動化ラインで製造されているなか、HD 800シリーズのトランスデューサーは、あえて自動化せずにハンドメイドで作られている。 なぜ機械でもできる工程を、わざわざ手作業でやるのか。それは「ユーザーが箱を開けたときに特別な感覚を得られること」を目指しているからだという。人の手で作ることで、その想いやぬくもりが、箱を開けた際に伝わってくるというのだ。 「私たちはテクノロジーと人間らしさを融合させている」と、プラントマネージャーであるパット氏。「ここのスタッフには大きな情熱があり、仕事に大きな誇りを持っている。それがユーザーに伝わることを願っている」と話していた。 「HD 6XX」を実際に組み立ててみた 「HD 6XX」を実際に組み立ててみた 見学では、実際にHD600シリーズの組み立てを体験することができた。最初に念を押しておくが、もちろん熟練のスタッフが横につき、細かくフォローとチェックをしてもらいつつ組み立てた。 今回作ったのは、アメリカの共同購入サイトDrop限定で販売されている「HD 6XX」というモデル。シリーズにはHD 600、HD 650、HD 660S2などあるが、どのモデルを作るかはオーダーに合わせて切り替えているという。 さて、HD 6XXの制作は3人のチームで行われる。「ハウジングの作成」「ハウジングにヘッドバンドとケーブルを固定、再生特性の計測」「外箱を組み立ててヘッドホンを梱包」といった役割分担で3つのステーションが用意され、これを一定間隔でローテーションしていくという。順に詳しく解説していく。 1つめのステーションでは、ハウジング部分を作成する。まずはトランスデューサーが固定されたフレームにアームをはめ、上からメッシュ部分を取り付ける。裏返したら耳に当たる部分に薄いスポンジを乗せて、その上からイヤーパッドを固定。イヤーパッドは4か所をパチッと本体にはめていくのだが、なかなかスムーズにいかない。やはり慣れが必要だそうだ。 2つめのステーションでは、一気にヘッドホンを完成まで持っていく。前の工程で出来上がったハウジング部分に、ヘッドバンドを取り付ける。ケーブルのコネクター部分を差し込んで接続すれば、ヘッドホンとしては完成だ。組み立てにハンダゴテを使うこともなく、シンプルな構造をしていると改めて感じた。 完成したHD 6XXは、小型の防音ブースに用意された計測器に取り付け、周波数特性や感度、THDなどを計測する。計測にかかる時間は10秒ほど。トランスデューサー製造時にもチェックされているので、完成までには2回の測定が行われていることになる。 これらの組み立ての際は、すべての工程で視覚と触覚により、取り付けるパーツを都度チェックするルールとなっている。3人のスタッフで1時間42個、1日8時間の勤務中に290個という目標数が設定されているとのことで、多くの技術と感覚が必要であるそうだ。 最後のステーションでは、展開されているダンボールの外箱を組み立て、HD 6XXをビニール袋に入れてから、外箱の中に収納する。なおビニール袋に入れる前には、HD 6XXの外観を改めてチェックする必要がある。そして外箱を閉めたら、その上からビニール袋をさらにかぶせ、出荷用の段ボール箱に入れて終了だ。 1,000万円超え「HE 1」は作るのに約2週間 日本では未発売となるが、同社の最上モデルに「HE 1」という、1,000万円を超えるヘッドホンシステムがある。ヘッドホン本体にエレクトロスタティック型を採用し、真空管を搭載する専用ドライバーユニットとセットで使用する製品だ。 HE 1の製造については、担当のダミアン氏が組み立ての大部分を行い、1からすべてを作っていく。1台が完成するまでの期間は、およそ2週間。組み立てに必要なパーツは、約3,000個にも及ぶという。 制作している部屋の中には、さまざまな温度や湿度で動作を確かめるための、気候制御室も設けられていた。他の製品と同じように、HE1についても各工程のすべてでチェックを行うため、そのテスト回数は合計600にもなるそうだ。 タラモア工場内には、見学者を招くための「オーディオファイル・エクスペリエンスセンター」が2023年9月に開設された。この施設では、HE1をじっくり試聴するための部屋が用意されており、記者もここでそのサウンドを体験できた。また、HD 800シリーズやHD 600シリーズをはじめとした、タラモア工場で製造する各製品が飾られており、こちらも自由に体験することが可能だ。 ◇ 今回の記事では、ゼンハイザーのオーディオファイル向けヘッドホンやイヤホンなどについて、手作業で作られていく様子をお伝えした。 最終回となる次回は、タラモア工場でマネージャーを務める、Pat Fulton(パット フルトン)氏にインタビュー。どのような考えで製造を行っているのか、そしてあえて手作業にこだわる意義などについて、改めて伺った内容をお届けする予定だ。
編集部:平山洸太