地震予知、揺らいだ土台 「危険低下」コメント2日後にM9 東日本ショックに向き合う科学者
東北大名誉教授の松沢暢(とおる)(66)=地震学=は、13年がたった今も自責の念に駆られている。 【写真】<2023年5月の記事>全国で地震多発 日本列島は活動期入り、南海トラフへの影響は? 2011年3月9日午前11時45分、東北・三陸沖を震源とするマグニチュード(M)7・3の地震が起こった。宮城県栗原市などで震度5弱を記録し、岩手県大船渡市では60センチの津波が観測されたが、目立った被害はなかった。 「『連動型』の危険性低下か」 翌10日、地元紙・河北新報に松沢の見解が載る。当時、懸念されていたのは約40年周期で起こるM7級の宮城県沖地震。1978年の発生では28人が亡くなった。しかも震源域が広がる「連動型」になれば、M8クラスの巨大地震になる可能性もあった。また震源域は異なるものの三陸沖では明治、昭和に大津波が押し寄せ、多数の犠牲者を出している。 松沢は、これまでの地震周期や前月に発生していた群発地震の状況などを踏まえ、「『宮城県沖』と直接の関連はない。連動型の危険性は下がった」とコメントした。 日本を揺るがす超巨大地震が起こるのは、記事が掲載された翌日のことだ。11日午後2時46分、東日本大震災が発生した。M9・0は国内観測史上最大。岩手県沖から茨城県沖までの南北500キロ、東西200キロにわたってプレート境界がずれ動き、東北の太平洋沿岸に大津波が襲来した。死者・行方不明者は2万2千人を超え、戦後最悪の自然災害となる。 松沢はあの記事と向き合い続ける。「過去のデータに依存しすぎる『過学習』になり、M9を予想できなかった。知見を積み重ねた上でコメントしたが、最悪のケースも伝えるべきだった」。言葉を選びながら静かに語った。 「地震学の敗北」。東日本大震災はそう形容される。松沢だけではない。プレート境界で起こる海溝型地震には周期性があり、「前兆すべり」があると言われていたが、その発生を見通せた科学者はいなかった。 政府はそれまで、東日本と同じ海溝型で南海トラフ沿いに発生するとされた東海地震を念頭に「予知できる」との立場で対策を進めてきた。すなわち前兆をとらえて予知情報を発信し、住民を避難させ、鉄道を止める-。だが、東日本ショックによってその土台は大きく揺らいだ。政府は17年、ついに「確度の高い予測は困難」だとして予知を前提としない地震防災にかじを切る。約40年ぶりの大転換だった。 全く予測がたたないというわけではない。政府の地震調査研究推進本部は現在、南海トラフの発生確率を「今後30年以内に70~80%」としている。長期評価といわれるものだ。ただし、いつ、どこで、どれくらいの地震が起こるかを示す予知とは程遠い。 「地震がどういう現象か。地下で何が起きているのか。とても複雑で、まだよく分かっていないことが多い」。東京大地震研究所の教授、加藤愛太郎(50)は打ち明ける。 雲の動きが目に見える気象予報とは違い、地震は地下深くで岩石が動いて発生する。陸に海にと観測網は広がったが、「予知に向けては、まだ1合目にいるかどうか」。加藤は言った。(敬称略) (杉山雅崇、上田勇紀)