3階級世界王者の田中恒成が名勝負必至の元統一王者との日本人対決を“ワンサイドゲーム”にした理由とは?
初防衛に成功したチャンピオンは、畑中会長と、斉トレーナーと3人で大きなプレスルームで勝利会見をした。もう祝杯が始まっているのかと錯覚するほど3人は陽気だった。 「リスペクトする田口選手と素晴らしい試合ができてよかった。(田口選手は)想像以上。だいぶ打たれました。内容には納得していないが、年間最高試合の候補に挙げていいくらいのいい試合になった」 それが第一声だった。 そして反省ばかりが口をつく。 右目の下と左目の上が赤く腫れ、その顔は傷ついていた。 昨年9月。ボクシング史に残るような激闘を制して、木村翔(青木)からタイトルを奪った試合の準備は過酷を極めた。真夏のキャンプに限界まで走り、名古屋に帰ってきてからも平和公園でのロードワークと99段ある階段上りを連日、自らに課した。それが木村戦に覚悟を決めることのできた根拠だった。 「あの試合は、試合前に1か月頑張れた。頑張るって、こういうことだよ。と自分に教えてくれた、自分を変えてくれた試合だった」 だが、今回は同じメニューを「淡々とやってこれた」という。 それが田中の進化、成長の理由だった。 だが、本人のコメント通り、弱っている田口を相手にあまりに被弾が目立った。今後、もうひとつ上のレベルにいかなければならないボクサーのディフェンス技術としては課題が残った。 「てっぺんに上っているわけじゃない。まだまだ上がある」 次戦は防衛戦の路線だが、減量が10キロ以上あるため、スーパーフライ級に上げて、日本人初の4階級に挑む構想が、その先にある。井岡一翔が、大晦日に失敗したが、記録にこだわってきた田中陣営にしてみれば、日本人初の称号獲得へ急ぎたいのかもしれない。 一方の田口は、気になる進退について微妙な発言をした。 「ブドラーに負けたときは引退しようと、すぐに思ったけれど、今は、今後、どうしようかな?という感じ。少しは成長したところが見えたかなとも思うし、このままじゃ(引退は)もったいないという気持ちもある」 ボクサーとしての炎はまだ消えてはいなかった。 田中という好敵手との邂逅は、ボクシング人生をかけてリングに上がった32歳のボクサーに、そんな思いさえ抱かせたのである。 岐阜メモリアルセンターを埋めた5500人のファンは、12ラウンド終了のゴングが鳴るまで声を枯らした。因縁の日本人対決は、実は、心の名勝負だったのかもしれない。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)