「裏切り者には死を」。これは本当に現代の話か? 不審死続出、プーチンが築いた「粛清帝国ロシア」の闇
■極秘暗殺を担う「29155部隊」 現在のFSBはロシアの反体制派に加え、チェチェンゲリラやウクライナ政府幹部も標的にするというが、ロシアには暗殺任務を担う組織がもうひとつある。第2次世界大戦中に日本で活動していたスパイ、リヒャルト・ゾルゲが所属していた赤軍参謀本部の後継組織に当たるGRU(露軍参謀本部情報総局)だ。 GRUの標的も多岐にわたるが、他国のクーデター支援や裏切り者の抹殺が主要な任務になるという。最もよく知られているのは18年3月、元GRU大佐でロシアとイギリスの二重スパイだったセルゲイ・スクリパリのイギリスの自宅のドアノブに「ノビチョク」を塗布し殺害しようとした事件だ(暗殺が未遂に終わり事件が明るみに出たという失敗のためか、当時のGRU局長自身がその後、不審死を遂げた)。 元時事通信社モスクワ支局長の中澤孝之氏はこう語る。 「特に、ロシアにおける国家反逆罪に当たると思われるような事案では、クレムリン(政府)の判断次第で逮捕や裁判といったプロセスではなく、『粛清』を決行します。 基本的に標的が軍人の場合はGRU、軍人以外ならFSBの仕業であることが多く、射殺か毒物かは状況によって実行しやすいほうを選んでいると思われます」 今年2月20日には、昨夏ウクライナに亡命した元露軍パイロットのマクシム・クズミノフが、移住先のスペインで何者かに射殺された。スペイン当局が捜査中だが、昨年10月にはGRUが「見つけ出して処罰する」と宣言していた。 前出の黒井氏が言う。 「実行したのは、モスクワ東部のGRU第161特殊作戦訓練センターに本部を置く海外工作部隊『29155部隊』の可能性が高いと思います。この部隊の中に、極秘の暗殺・破壊工作を任務とする約20人のセクションがあります」 ところで、ロシアにまつわる「窓に気をつけろ」というブラックジョークがある。オリガルヒや元政府系企業関係者、反体制派のジャーナリストが、ホテルや自宅の「窓から転落死」するという不審死が異常に多いのだ。 18年4月には、ワグネルのシリアでの活動を取材していたニュースサイト『ノービ・デン』の記者マクシム・ボロジンが、露国内のアパート5階の自宅から転落死した。 「ボロジンは死の前日、友人に『バルコニーに銃を持った男がいて、階段にはマスクをかぶった迷彩服姿の男たちがいる』と電話で話していました。ワグネルはもともとGRUの別動隊なので、GRUによる暗殺の可能性が高いでしょう」(黒井氏) 反体制派指導者ナワリヌイの死の5日後、そして元露軍パイロットのクズミノフの死の翌日に当たる今年2月21日には、10万人以上のSNSフォロワーがいる軍事ブロガーで、ウクライナ侵攻作戦に従軍していたアンドレイ・モロゾフが「自殺した」と報じられた。 最近制圧したアウディーイウカの激戦で「露軍兵1万6000人が死亡した」と自身のSNSで発信した後、軍上層部から削除を命じられ、「従わなければ所属部隊に武器を供給しない」と脅されていたと伝えられている。 プーチンが〝帝国〟の独裁者である限り、これらの事件の真相が露当局によって明らかにされることはない。 取材・文/世良光弘 写真/時事通信社