アケミS・ミラーさん NYコレクションで活躍・挫折乗り越え大きな出会いも
大阪市北区でフェイスデザインスクールを開校したトータルビューティープロデューサーのアケミS・ミラーさん。あのドナルド・トランプ米大統領の「トランプ・タワー」で暮らしていた数少ない日本人の一人として、メディアに取り上げられる機会も多い。かつてはマイケル・ジャクソンの私服も手がけていたという彼女は、どのような生き方をしてきたのか。波乱に満ちた半生を聞いてみた。 【拡大写真付き】2015年に来日、関空に到着した際のジャネット・ジャクソン
約3年間、トランプ・タワーですごした
アケミS・ミラーさんは、1989年にニューヨークに移住し、AKEMI STUDIOを設立した。90年ニューヨークコレクションでデビュー後、92年からスタートしたニューヨークファッション・ウィークの初日には、ダナ・キャラン、カルバン・クラインとともに唯一の日本人デザイナーとしてコレクションを発表。 そんな経歴を持つ彼女が、後に夫となる弁護士の米国人男性とトランプ・タワーに住んでいたのは、94年から約3年間だ。その後はウエストサイドにある高層アパート「トランプ・プレイス」に移り、そこでは約14年をすごしたという。 「トランプ・タワーの入居にあたっては、プライベートバンクに3ミリオン(約3億円)以上の預金が必要でした。住居は35階から68階まで。私は60階に住んでいました。私の部屋は200平方メートルほどの2LDKで、バス・トイレが2つ、ゲスト用のパウダールームが1つ。ドアや柱の梁(はり)、サッシなどはゴールドで、窓は開けられないけど、マンハッタンが一望できる素晴らしい眺めでした。 さらに24時間マイナスイオンが出るシステムで、フォーシーズン常に同じ温度に設定され、年中Tシャツ1枚ですごせました」と、当時を振り返る。
タワーのいちばん上に25メートルのプール
タワーにはジャネット・ジャクソン、サラ・ブライトマン。アラブの石油王、弁護士事務所の夫婦をはじめ、マイケル・ジャクソン、他にビル・ゲイツ、映画監督のスティーブン・スピルバーグなどもいたという。 トランプ氏は66階から68階までの3フロアにいて、いちばん上に25メートルのプールがあった。そこのプールサイドでシェフを呼んでパーティーもしていたという。 「住人専用の入り口から中に入ると、燕尾服を着たドアマンが数人いて、セキュリティー、コンシェルジュの前を通って、エレベーターに行くまでの間に20人くらいのトランプのスタッフがいます。その20人全員がトランプオリジナルの黒服を着ていました。エレベーターは4基あり、中には24時間エレベーターマンがいました。エレベーターマンが住人の部屋をすべて知っているので、毎回自宅フロアまで一緒に上がります。セキュリティーは万全でしたね」