「小説家に趣味はない。それについて書けば、それは仕事である」榎本憲男
音楽、自転車、瞑想(めいそう)……小説を書いていない時間も、さまざまな楽しみをもつ小説家・榎本憲男さん。しかし「それは趣味か?」と聞かれたら、はて……?! 小説家と趣味に関するご本人のコラムをお届けします。(なお、このコラムは趣味ではありません) * * * ■キャラクターに彩りをもたせるための「趣味」。では、小説家である自分の趣味は…… 趣味はなんですかと時々聞かれるけれど、趣味なんかない、と言ってよいと思う。それを小説の中に取り入れたりすると、「取材対象」とか、もうすこしげたを履かせて「勉強」とか、果ては「研究」などと言ってよい状態になるからだ。いま、僕は1日2時間のヴィパッサナー瞑想(原始仏教の瞑想法)をおこなっているが、瞑想は仏教徒にとって修行なので、これも趣味ではない。 小説家として初めてインタビューを受けたのは、文芸誌ではなくオーディオ雑誌だった。なぜかというと、作中の主人公がオーディオ愛好家という設定だったので、オーディオ雑誌の編集部にも本を送って、1社が取材を申し込んでくれたのだった。では、なぜそんな趣味の主人公にしたのかと言うと、これは簡単で、僕がある程度は詳しく、調べなくても書けるという安易な発想からそうしたわけである。もちろん、『巡査長 真行寺弘道』シリーズの主人公は刑事なので、映画業界で生きてきた僕とは毛色はまったくちがう。主人公≒作者では決してない。けれども、キャラクターにはどこかで自分を投射する部分があって、自分を完全に消してものを書くなんてことも難しいのである。 余談になるが、警察小説や探偵小説では、基本設定が終わったら、そのキャラクターに彩りを加えるために趣味を持たせることがよくある。美食家で料理が得意な、あるいはウイスキーに一家言あるような探偵、鉄道マニアの刑事などは、いかにもありそうでしょう。 「やはり趣味があるといいですね」 なにか警察小説をひとつ、と注文してくれた編集者は言った。 「俳句かオーディオか自転車なら書きやすいんですが」 ロードバイクで長距離をダラダラと走るのは得意だった。ブルベというイベントにしょっちゅう出場していて、最長1000キロを走り切ったことがある。フランスからシューペル・ランドヌール(“スゴい自転車乗り”くらいの意味か)のメダルをもらったことも。