契約交渉で口が滑り「トレードに出して」 1週間で即放出に愕然…不遇だった救援投手
全て任せてくれた土橋監督…「褒められたことしかないです」
チームが変わればカラーも変わる。「広島の時は監督、コーチに対して僕らは『ハイッ』しかなかった。ところが日本ハムは良い意味でわがままな選手が多かった(笑)。反論したりするんです。『大丈夫かな』って最初は思ってました」。広島とはまた違った魅力を感じた。 1992年シーズンを率いた土橋監督も金石氏を信頼していた。「僕に対しては何も言わなくて全部任せてくれました。トメさん(留広氏)と関係があるので、僕のことを理解してくれていたのでは。土橋さんも日本ハム1年目で、同じ移籍1年目の僕を頼ったのかもしれませんね。だから凄くやりやすかったです」。 金石氏の移籍1年目は、チーム最多の14勝。完投も13。「土橋監督からは褒められたことしかないです」。 口走った言葉から運命が動いた。「カープにそのままいたら野球人生は長くない、終わると感じていました。出してくれたカープのためにも結果を残さなければいけなかった。新しいチャレンジをしよう、そういう気持ちでファイターズに行けたから良かったと思います」。金石氏は両球団に感謝している。
西村大輔 / Taisuke Nishimura