通訳時代の水原一平の姿ではない 何も見ていないようなうつろな表情と消えたタバコのにおい…2度目の出廷を追って
大谷翔平投手(29)の銀行口座から約1700万ドル(約26億4400万円)を盗んだとする銀行詐欺などの罪を認め、司法取引に応じた水原一平被告(39)が14日(日本時間15日)、罪状認否をするためにカリフォルニア州ロサンゼルスの連邦地裁に出廷した。 【写真】報道陣に囲まれても無言を貫いた水原一平被告 大谷選手が6年間所属したエンゼルスに続き、今年2月からドジャースの担当記者の一人として取材を続ける私にとって、水原被告が関わる一連の事件は「知らない誰かが起こした詐欺容疑」ではない。 私にとって水原被告は、何年にもわたり試合のある日は毎日のように「おはようございます」「お疲れ様です」と声を掛け合った人であり、ときには「今日のコーヒー、いつもと違うところのですね!」なんて雑談を交わした、血の通った人だった。 彼のあのちょっとモソモソした口調で秀逸な通訳をする様子や、クラブハウスでアメリカ人の選手たちとトランプのポーカーを楽しむ様子、球場のダグアウト裏から外に通じる通路の端っこに立って誰かと電話をしながらタバコをスパスパ吸っている姿などを、何年にもわたって目にしてきた。 だから、彼の名前の後に「容疑者」がつき、「被告」と呼ばれる今の姿が、私には現実のものとは捉えにくく、どうしても今の彼の様子を自分の目で見たくてロサンゼルス地裁に向かった。連邦地裁ビルの前は日米のテレビ局などメディアが集まっていたが、カメラは法廷がある地裁の建物には入れない。カメラを持たない記者は建物に入れるので(しかし持ち物検査は厳重)急いで6階の法廷に向かった。 開廷の数時間前に着いたので、当然扉は閉まっていたが、すでに並んでいる人もいた。扉の前に張り付くように立っていた長身の女性は、水原被告の容疑発覚後、唯一単独インタビューをした米スポーツ専門局「ESPN」のティシャ・トンプソン記者だった。この日のためにワシントンDCから飛んできたそうだ。私はシアトルから来たと言うと、それを聞いたNBCの記者も入ってきて「水原被告の表情を見るには傍聴席のどのあたりに座るのがベストか?」という話題になり、法廷スケッチをする画家を仲間に招いて、いい席を教えてもらったりしながら、開廷時間の午前11時30分になるのを待った。 審議が始まる30分前。法廷警備員が廊下に出てきて大きな声で「メディアは全員690号室へ入るように」とアナウンスした。そこにいた約50名のメディアが瞬時に小走りでその法廷に駆け込んだが、中はがらんどう。明らかに様子がおかしい。それぞれが横にいる者同士顔を見合わせて「一体、何が起きているんだ?」と話していると係員が、「今日はメディアは法廷に入れません。この部屋に隣の法廷の音声を流すので、それを聞くように。判事の判断です」と言ったことで、場内は騒然となった。 アメリカの有名通信社の記者が「判事と今すぐ話をさせてください。これはジャーナリズムの権利の剥奪です」などと即座に反論してくれたが、係員には何もできない。その記者が代表になり、そこにいたメディア全員による抗議文をすぐに判事に提出したが、残念ながら状況は変わらず、隣の法廷から流れてくる音声を聞くという前代未聞の事態になった。 決して聞き取りやすいとはいえない音声が聞こえて来たのは11時43分。判事による水原被告への質問は6問。従って水原被告が発した言葉は “That’s right.” (合っています) “Yes I did.”(はい、署名しました) “Yes, ma’am.” (はい) “Yes, ma’am.” (はい) “Yes, ma’am.” (はい) “Not guilty.”(無罪です)という、6センテンスだけだった。法廷は5分ほどで終了し、判事が閉廷を口にした瞬間、メディア全員が廊下に飛び出し、水原被告が出てくるのを待ち受けた。 法廷の扉が開き、マイケル・フリードマン弁護士の背中に隠れるように現れた水原被告。廊下をふさぐように立ちはだかるわれわれメディアの方に目をやったが、「こちらを見ているのに何も見ていない」ような、うつろな表情だった。身体はそこにあるのに中身は入っていないというか、生気のようなものが感じられない。まるで、「かぶりもの」を着ているかのような、生身の人間のような姿ではなかった。 能面をつけたような固まった表情で弁護士に促されてエレベーターに向かった水原被告に、何か声を掛けたくて追いかけた。そして扉が閉まる直前に飛び乗ることができ、弁護士の背中に隠れるように立っていた水原被告の隣に立つことができた。気をつけの姿勢でエレベーターの扉の方をまっすぐ見つめている身長180センチ台、背の高い水原被告の顔を見上げたが、外界をすべてシャットアウトしているように感じられた。表情は能面のようでも、シャットアウトするぞという強い意志によって動いているようだった。 エレベーターの中には「ESPN」や米3大ネットワークの一つ「 NBC」の敏腕記者たちも乗っていたが、6階から1階に着くまでの数十秒間は完全なる沈黙だった。誰もが質問したいのに、誰も口を開かない。いや、その重い空気の圧迫感で、開けなかった。私の腕から10センチも離れていないところに立っている水原被告に、私も何度か「一平さん」と声を掛けようとしたが、思いとどまった。きっと彼には真横にいる私の声も聞こえないだろう、と確信したからだ。 そして真横に立つ水原被告からは、タバコのにおいがしなかった。ヘビースモーカーだった彼は、球場ですれ違うたびにいつもタバコのにおいがしていたのに…。この事件発覚を機に、好きだったタバコをきっぱりとやめたのだろうか。それとも出廷のために我慢していただけか。どうしてにおわなかったのかはわからないが、タバコのにおいがしなかったことは「何も見ていないような目」をした彼の姿と相まって、なんだか動揺してしまった。私が知っていた「ナイスな水原通訳」と、私の横に立っている「巨木のように動じない背の高い男性」は全く別人なんじゃないか―。そんな風に思えて仕方ない。 そもそもこの事件は、大多数の人にとって信じられないような事件である。だから少しでも水原被告のことを知っている人にとっては、その信じ難さは2倍、3倍にふくれ上がる。私はこれまで水原被告の何を見ていたのか―。自分に問いながらモヤモヤした気持ちの中で久しぶりに彼を見たら、自分が彼のことを何一つ知らなかったことを実感した。 通訳だった「水原一平」と、ベースボールカードを売っていた「ジェイ」(スターバックスのコーヒーを頼むときの名前でもある)のどちらが彼なのだろう。そして「被告」になった今、彼は何を考えて、どんな日々を送っているのだろうか。その答えを探しに行ったのだが、今日その答えは見つからなかった。 次回の出廷は6月14日に予定されている。今度はどんな表情で現れるのだろうか。 (村山 みち通信員)
報知新聞社