村上春樹「ちょっとひとひねりする歌詞が多くて。僕は大好きです」と語る作詞家は?
作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「村上RADIO」(毎月最終日曜 19:00~19:55)。1月28日(日)の放送は、先月、早稲田大学国際文学館(通称:村上春樹ライブラリー)内のスタジオで実施された公開収録イベント「村上RADIO公開収録~ポップミュージックで英語のお勉強~@The Haruki Murakami Library」の模様をオンエア。 村上DJと40年以上交流があり、一緒に翻訳の作業もしてきたという米文学者で翻訳家の柴田元幸さんを迎えて、青春時代に出会ったポップソングを交互に紹介しながら、英語の歌詞やタイトルについて語り合いました。 この記事では、村上さんが選曲したThe 5th Dimension「One Less Bell To Answer」について語ったパートの内容をお届けします。
◆The 5th Dimension「One Less Bell To Answer」
村上:次は僕の選曲で、フィフス・ディメンションの「One Less Bell To Answer」です。 バート・バカラック作曲、ハル・デイヴィッド作詞の名曲ですけど、日本でレコードが出たときはたしか「悲しみは鐘の音と共に」となっていました。そのときはそういうものかと思って聴いていたんですけど、あとになって歌詞を読んでみるとぜんぜん違うんですね。 「One Less Bell To Answer」のベルというのは、鐘じゃなくてドアベルのことです。この主人公の女性は恋人に去られています。そして自分に言い聞かせます。彼がいなくなって、ドアベルが鳴って「はーい」と応える回数が1回減っただけ良かったじゃない。目玉焼きを作るとき卵が1つ減っただけオーケーじゃない、と言い聞かせる。でも、どんなふうに思ったところで悲しみは去らない……という歌なんです。いかにもハル・デイヴィッドらしい、ひとひねりある都会的な歌詞で、僕はとてもこの歌が好きなんだけど、でも「悲しみは鐘の音と共に」じゃかなり雰囲気が違います。でもどうやらこのタイトルで今でもCDが流通しているみたいですね。じゃあ、どういうタイトルにすればいいのかっていうと、これはまたむずかしい。 柴田:いやなんか、フィフス・ディメンションってどの歌も、それだけ新しかったのかな、普通と違うのかな……訳しにくいタイトルが多かったですよね。日本で最初に大ヒットした「Up, Up And Away」。「ビートでジャンプ」というタイトルになっていましたけど。 村上:ひどいタイトルですねえ。 柴田:なんかあれビートから離れたところで良さを追求する歌だから。スピリットを裏切っている邦題なんだけど、じゃあどう訳すんだよと言われたら確かに返答に詰まります。 村上:「One Less Bell To Answer」もどういうタイトルをつけるか、本当に難しいですよね。 柴田:「悲しみは鐘の音と共に」それはどういうロジックでそうなったんですかね。 村上:たぶん教会の鐘かなんかをイメージしたのかな。 柴田:One Less Bell、なんとなくひとつ減ったから、悲しいんだろうと思ったのかなあ。 村上:ハル・デイヴィッドは本当に素晴らしい作詞家で、バート・バカラックと一緒にいい曲をたくさん作っています。ちょっとひとひねりする歌詞が多くて。僕は大好きです。劇作家で言うとニール・サイモンにちょっと雰囲気が似ているんですよね。 柴田:さて、これをどう訳すか。 村上:どう訳すか。難しいです。みなさんもよかったら考えてみてください。 (TOKYO FM「村上RADIO公開収録~ポップミュージックで英語のお勉強~@The Haruki Murakami Library」2024年1月28日(日)放送より)