新垣結衣・磯村勇斗 インタビュー「考えて、想像し続けること。それが思いやりに繋がるのかもしれない」
朝井リョウによるベストセラー小説『正欲』が映画化された。この作品は、とある性的指向を持つ人々が登場する物語だ。ダイバーシティが謳われる今、どんな“多様性”なら認められるのか。もし、それが社会に許されないものなら、どう生きればいいのか。この作品は、観客ひとりひとりに“多様性”の本当の意味とは何か、強く問いかけてくる。本作では、ある性的指向により、毎日、息をひそめて生きる桐生夏月を新垣結衣が、また、夏月と15年ぶりに再会する中学の同窓生、佐々木佳道を磯村勇斗が演じる。2人はこの作品を通して、何を感じたのだろうか。 新垣結衣、磯村勇斗の撮り下ろしショット・ソロカットも
自分とは異なる性的指向だとしても、共感はできなくても理解はできる
──本作への出演はすぐに決断しましたか。 新垣「まず、企画書の時点で興味を惹かれました。そして脚本を待つあいだに原作を読み、映画化するにあたり、考えるべきことがたくさんあると感じました。特にこの作品は、製作陣が全員、同じベクトルで臨む必要があると思ったんです。だから、脚本を読んだ上で、監督と直接、お話する時間をいただきました。私が気になったのは、夏月たちの指向をどう表現するかという点です。彼らの感情は私たちには想像が及ばないですし、誰かの経験談を参考にしたり資料を当たったりすることもできない中で、『この指向はこういうものだ』と、それが全てかのように思わせてしまわないかが不安でした。そういったことなどを、十分に話し合って撮影に臨むことができたのはとても良かったなと思っています」 磯村「僕は、昨年の『前科者』で岸監督とご一緒していたので、お話をいただいて、すぐにお返事しました。ただ、この作品に関しては、台本を1回読んだだけで全てを理解することはできず、映画で描かれる指向についても、自分自身でもたくさん考える時間が必要でした。体の内側から熱が上がっていくような衝動をどう表現したらいいのか、どうやって気持ちを作るのか。とても難しいからこそ役者として挑戦する意味があるし、この作品のメッセージ性は、きちんと世に出す意味があると感じました」 ──二人が演じる、夏月、佳道についてはどんな印象を? 新垣「夏月は、悲しいことを悲しいと感じ、嬉しいことを素直に喜ぶような、この世界に暮らす“普通”の人です。でも、とある指向を持っていることから、どこにいても自分の居場所ではないように感じて、体の周りにモヤがかかっているように息苦しくて。それが、佳道と出会うことによって、霧が晴れるように変わっていく。とても感覚的ですが、そう感じました」 磯村「佳道も夏月と同様に、特殊な指向を持ちながらも、自分の心の奥に鎖をかけて、なんとか社会に馴染もうとして生きています。でも、どこか周囲の人と生きるスピードが違うというか。みんなは軽やかに動いているのに、自分はひとつのところに留まっているように感じていて。疎外感や孤独感を抱いているし、あらゆることを諦めながら生きている人物ですが、夏月と出会うことで再生へと向かっていきます。佳道も夏月と同じように、特別な人ではないんですよ。それに、誰しもが、きっと他人には理解してもらえないだろうなと諦めてしまうような想いを抱えていたりしますよね。その点は、理解できると思いました」 ──今回、新垣さんと磯村さんは初共演ですが、お互いの印象は? 新垣「磯村さんはいつも自然体で、好奇心も旺盛で、この仕事に対して、まっすぐに取り組んでらっしゃるので、一緒にいて安心感がありました」 磯村「自然体という言葉は、僕がそのままお返ししたいくらいですよ。新垣さんは、お芝居の場であっても支度場であっても自然体でした。新垣さんがいると、周りが優しいベールに包まれて、現場がすごく穏やかだったんです。きっとそれは、新垣さんの佇まいや気の遣い方によるものだったと思うし、僕もナチュラルでいられました。新垣さんのおかげです」 新垣「撮影は私が先にクランクインして、ずっと1人のシーンを撮っていたんですよね。だから、磯村さんが来た日は、やっと会えた、もう1人じゃない!と嬉しくて。それから、覚えているのが、二人で抱き合うシーンがあるのですが、それをどうやって表現するのかを、現場でしばらく監督と話し合っていたんです。それを隣で聞いていた磯村さんが、『それはこういうことなのでは』と話し始めた途端、スルスルまとまったんですよ。俯瞰して見てくれているんだと。だから、現場では、夏月としても、新垣としても、とても頼りにしていました」 磯村「ありがとうございます。今、振り返ってみると、夏月と佳道のシーンにとてもいい空気が流れていました。新垣さんはどんな芝居でも、広くて深い度量で受け止めてくださるんですよ。俳優としても、ひとりの人間としても、とても尊敬しています」