「トランプ大統領」が覆る? ロシアハッキング疑惑も 選挙人投票の行方は
選挙結果にロシアの干渉?
今回の選挙については、事前にかなり指摘されていたロシアのハッキング問題の波紋が選挙後、さらに大きく具体的に伝えられるようになっており、この点も選挙の正当性を揺るがしている。 情報源はCIAかと思われるが、ワシントンポストとニューヨークタイムズが「ロシアがトランプ勝利を支援するため選挙に干渉した」とCIAが断定した」とする記事を12月9日に掲載したのをきっかけに、ロシアのハッキング疑惑が急浮上している。選挙戦の過程で、クリントン陣営の各種メールの内容をウィキリークスが暴露し続けてきたこともあり、ウィキリークスの背後にロシアの関与があるとすると、「ロシアの干渉はあり得るかも」というのがアメリカ国民の思いなのかもしれない。 オバマ大統領は選挙にロシアが介入した疑惑について、既に全面的に再調査することを公言しており、来年1月20日の退任を期限に報告するよう情報機関に命じている。この日は言うまでもなく、トランプ次期大統領の就任式でもある。もちろんトランプは、これに真っ向から反対し、情報機関の能力にまで難癖をつけている。退任まではオバマ大統領に情報の開示義務があるため、あと1か月ちょっとでどこまで開示できるかが大きなポイントとなる。
選挙人の「裏切り」はあるのか?
再集計がうまく進まなかったが、ロシアのハッキング問題もあり、12月19日に投票する選挙人たちにトランプではなく、クリントンに投票を呼びかける動きも目立っている。 この選挙人投票でようやく次期大統領が決まる(正確にはその票を来年1月初めにスタートする新議会で確定させる)。そもそもは、選挙人というワンクッションを置くことによって、ポピュリズム的な流れを防ごうという狙いがあった。 ただ、党内対立が激しかった時代とは異なり、近年の大統領選挙では「一般国民の声こそ民主主義」という意見が強く、選挙人は自分がだれに投票するかを事前に誓約している 。ただペナルティなどは基本的にはない。そのため、11月の選挙の結果と選挙人の投票との差は、誓約を破る一部の例外を除けば、ほぼすべてが一致する。「例外」とは「数回の大統領選挙で1人」のレベルである。 「例外」をかなりの数にさせようというのが、現在の運動の狙いだ。しかし、その場合にもかなりの壁がある。というのも、選挙人総数538人のうち、過半数は270となる。クリントンが勝利できるのは、現在の232の選挙人をそのまま確保した上で、さらに38人以上の過半数がトランプを裏切るようなシナリオしか想定しにくい。 というのもクリントンの上積みが37人、選挙人がトランプと同じ269となった場合、いずれの候補も過半数を取ることができないが、憲法(詳しくは憲法修正12条)の規定で連邦議会が大統領と副大統領を選ぶことになってしまう。具体的には下院が大統領を選出し、副大統領は上院が選出するが、現在、下院、上院いずれも共和党が多数派であるため、トランプとペンスを選出すると予想される(ところで、選挙人投票の結果,いずれの候補も過半数を取れず、議会が大統領と副大統領を決めたのは、1824年大統領選挙の1度のみ)。 誓約していて裏切る代議員がどれだけ増えるかはかなり不透明である。やはりクリントンの勝利は不可能に近いかもしれない。ただ、選挙人に翻意させようとする運動が大きくなっているほど、今回の選挙が生んだアメリカ社会の行き場のない閉塞感は極めて大きい。 ------------------------------------- ■前嶋和弘(まえしま・かずひろ) 上智大学総合グローバル学部教授。専門はアメリカ現代政治。上智大学外国語学部英語学科卒業後,ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA),メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(単著,北樹出版,2011年)、『オバマ後のアメリカ政治:2012年大統領選挙と分断された政治の行方』(共編著,東信堂,2014年)、『ネット選挙が変える政治と社会:日米韓における新たな「公共圏」の姿』(共編著,慶応義塾大学出版会,2013年)