「足は遅い。ジャンプ力もないのになぜ?」”170センチ”の中学生・田臥勇太が練習会で高校生を圧倒。能代工「9冠無敗」の伝説はここから始まった
足が遅く、ジャンプ力もないのになぜ?
能代工でともにプレーした選手たちが口を揃える「田臥評」の代表的なエピソードのひとつに、「足が遅かった」ことがある。にもかかわらず、近藤のように田臥のプレーすべてを賞賛する声は枚挙にいとまがない。 突破練習での出来事のように、鉄壁のディフェンスをも出し抜けるほどのスキルはどこにあるのか? 田臥が入学した96年に3年生のマネージャーだった金原一弥は、そのカラクリをこのように推察していた。 「それなりに大きくて足が速い選手ならば、ディフェンスに囲まれてもドリブルで抜いてシュートまでもっていけたりするんですけど、足が遅くてジャンプ力もない田臥になんでそれができるのかっていうと、〝ズレ〟を作るのがすごくうまかったんですよ」 金原が説く〝ズレ〟とは、簡単に言えば「自分の間合いを作る」「タイミングをずらす」といった意味合いとなる。 田臥は身長173センチに対してリーチは190センチ程度あると言われ、手のひらも手首から中指まで20センチほどと大きい。シューズのサイズに至っては29センチと、身長を除けばかなりの身体的アドバンテージを有していた。 そこに加えて、小学生のころから自分より大きな相手にさまざまなテクニックを駆使して果敢に攻めることが当たり前だったため、自然と〝ズレ〟が身につき、洗練されていったのである。 金原が改めて後輩の凄味を口にする。 「田臥が持っているドリブルとかシュートとかの高いスキルがあったからこそ、その“ズレ”がより生きたんだと思います。これを高校に入る時点で体現できるって、本当にすごいんです。能代工業にはスーパーな選手がたくさんいるんですよ。そのなかでも一線を画していたのが、田臥でした」
「呼吸を読まれているような気がした」
泰然自若の構えと思いきや、目の前から瞬時に姿を消す。この「足が遅い」と呼ばれた選手は、ボールを持てば誰よりも速かった。ゴール下の番人であるビッグマンのブロックをかわすようにシュートモーションに入るが、フィニッシュは得点ではなく、代名詞であるノールックパスによるアシスト。憎いほどの華麗なパフォーマンスに相手すら息を呑む。 身長173センチのその1年生は、コートでは誰よりも雄大だった。 福島工の3年生エースで、96年の「ナンバーワンプレーヤー」の呼び声が高かった渡邉拓馬は、田臥に強者の風格を見たという。 「バスケットをやった人間にしか感じられないオーラ。田臥には、1年のときからそれをものすごく感じていました」 田臥がコートで発する威圧は世代を超える。 高校、大学、社会人が覇権を争う、「真の日本一決定戦」オールジャパンの予選でのこと。社会人チームにも、田臥とマッチアップし、こうたじろぐ者がいたという。 「呼吸を読まれているような気がした。自分が息を吐いた瞬間にドリブルで抜かれたり、本当に一瞬の隙を突いて仕掛けてこられた」 9冠の幕開けとなる1996年、スーパー1年生がコートで衝撃を放つ。インターハイ計158得点、国体計88得点、ウインターカップ計155得点。 3冠を成し遂げた能代工において、田臥は誰もが認める立役者だった。 文/田口元義 写真/産経新聞社