草彅剛×橋本愛『デフ・ヴォイス』はミステリーとしても人間ドラマとしても極上の一作に
リアルタイムで観ることができなかった『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』(NHK総合)後編をNHKプラスで視聴している時、この作品の真相に理解が追いついた際のその衝撃に、思わず再生を止めた。本作は、丸山正樹による同名小説を原作としたヒューマンミステリー。そのミステリーとしての面白みが存分に発揮されている瞬間だ。 【写真】圧巻の演技力だった草彅剛と橋本愛 門奈哲郎(榎本トオル)が重要参考人とされる17年前に起きた海馬学園理事長殺人事件。消えたもう一人の門奈の娘。当時、手話通訳を担当していた荒井尚人(草彅剛)がその娘から告げられた「おじさんは私たちの味方? それとも敵? どっち?」という手話。尚人の脳裏には事件の容疑者として一人の人物が浮かび上がっていた。 それが手塚瑠美(橋本愛)、元の名は門奈輝子。ろう者支援活動のNPO団体「フェロウシップ」の代表であり、事件後に門奈から手塚家へと養子に出されたもう一人の娘だった。ウェディングドレスを着た瑠美は、大勢の式の参列者を前に、そして両親と姉の幸子(南雲麻衣)を迎え入れ、「17年前、私は一人の男を殺しました」という衝撃の告白を始める。 誤解を恐れずに言えば、花嫁の殺人の自供というシチュエーションは、いかにもなサスペンスドラマのワンシーンに思えるかもしれないが、橋本愛の芝居からそんな邪心はすぐに吹き飛ぶ。瑠美は尚人と同じ、耳の聞こえない両親の間に生まれた耳の聞こえる子供「コーダ」(Children of Deaf Adults)だった。理事長から性的虐待を受けていた姉を、さらには家族を守るために、幼い瑠美は理事長を殺害。追って姉も同じ過ちを犯してしまうこととなる。瑠美の背中を押したのは、尚人の「気づいてもらえなかった子どもも寂しいけれど、気づけなかった親はもっと寂しい」という言葉。涙ながらに瑠美は両親と姉に「たとえ、どんなことがあっても、私たちはずっと家族です」と伝える。 式は10分に及ぶ長尺のシーンであり、その中で殺人の自供と家族への変わらぬ愛を手話と声で伝えるというかなり難しい芝居が求められるが、緊張を帯びた冷静さを保ちながらも徐々に感情が乗っていく橋本の演技に引き込まれる。本作でコーダ考証と手話指導を担当している米内山陽子によれば、NGは一度だけで、手話指導は撮影が始まる前で式のシーンまでは期間が空いていたが、当日は完璧な手話を見せてくれていたという(※NHKのサイトに掲載されている米内山さんの文章が素晴らしいので、ぜひ一読を)。 瑠美の自供を無表情で受け止める尚人。「私たちはあなたを信じます」という最後の手話は自分を犠牲にしてまでも門奈家族に寄り添ってくれた尚人への感謝と17年前の手話のアンサーのように思えた。 後編のタイトルは「もうひとつの家族」。瑠美にとっての家族、尚人にとっての家族と、様々な捉え方ができるが、尚人もまたコーダに生まれ、その居場所をいまだに見つけられずにいる。デイケアに通う尚人の母は、ろう者であり、認知症を患っていた。諦観した態度の尚人に兄の悟志(田代英忠)は本気で殴りかかってくる。癇癪を起こしたわけではない。そこには尚人に母のことを分かってほしいという本気の思いがある。ろう者と聴者の思いのぶつかり合い。 演じる田代英忠は日本ろう者劇団在籍の俳優であり、だからこそ草彅剛も鬼気迫る表情で田代と手話を持って衝突していく。それをただ傍観することしかできない恋人の安斉みゆき(松本若菜)。それぞれの思いが巡る印象的な場面だ。母が名前を呼ぶ声に振り向き、微笑みながら駆け寄っていく尚人を捉えたラストも、それはまるで雲間から差す一筋の光のように希望の見えるエンディングも素晴らしかった。ラストシーンを経て、改めて『デフ・ヴォイス』というタイトルの意味を考えると、その解釈はまた変化していることに気付かされる。 そんな自身の中の意識の変化がきっとコーダやろう者の方を理解する一歩に繋がっていくのではないかと感じている。作品名は知っていながら、恥ずかしながらそのタイトルの意味を理解していなかった映画『コーダ あいのうた』を、年末年始は観ようと考えている。 参照 ※ https://www.nhk.jp/p/ts/D6P3JWP8J7/blog/bl/ppJz010N9p/bp/pY4Eq1JAE7/ (文=渡辺彰浩)
渡辺彰浩