「戦略としての睡眠」が航空管制官やパイロットに必要な理由
航空管制官については、1月2日に起きた羽田空港の滑走路で日本航空機と海上保安庁機が衝突した事故で注目されることになった。その内実は、2012年にドラマ『TOKYOエアポート~東京空港管制保安部~』で紹介されたことがあるが、一般には、知られた仕事とはいえないであろう。
ヴィジランス作業における緊張
航空管制官の業務は、「ヴィジランス」(vigilance)と呼ばれる心理学的機能を必要とする。これは、「外部環境においてランダムな時間間隔で生起するある特定の小変化を発見し、いつでもこれに対応しえるような状態」(Mackworth, 1956)と定義される。 「ヴィジランス作業」の具体例を挙げれば、わかりやすい。すなわち、船舶のレーダー監視作業、工場における計器監視作業等であり、航空管制官の業務もこれに該当する。管制塔にいる場合、飛行場と周辺空域を目視し、複数の航空機の位置と動きを確認する。レーダー管制室では、レーダー画面を見続ける。 この業務は、平時は淡々としている。しかし、条件がそろったとき反応することが求められ、かつ、その反応には最高度の迅速さが要求される。この弛緩から緊張へのテンポの変化が、この作業の特徴である。 一般人にとって、自動車の運転が「ヴィジランス作業」に近い。注意のスタミナにも限度があるので、平時は無用な緊張は控え、力を抜いて前を見ていた方がいい。 初心者マークのドライバーでなければ、運転時間の多くは、リラックスして前方車両との距離に注意している。そんな中でも、数十秒、数分ごとに発生する例外的事態(前方車両の突然のブレーキランプ、黄・赤信号、横断する歩行者、前方自転車のふらつき等)に際して、一瞬、緊張が高まる。しかし、即座に対応した後は、またもとの単調な注視作業にもどる。
航空管制官のヴィジランス
航空管制官の場合も、順調に事が運んでいるときは、注意力の浪費を避けるべく、リラックスしているはずである。しかし、リスクを感知した時は、それが微細でも、一気に緊張が高まる。まして、重大な危険を察知すれば、緊張は極限に達する。 緊張の強弱のなかで、ヴィジランスをどう維持するか。(1) 作業時間の多くを占める単調な時間をどう耐えるか、(2) 間欠的に発生する心身の動揺をどう制御するか,、以上2つの対極的な課題を抱えている。後者における対応に目が行きがちだが、実際には(2)に入る前の(1)のコントロールも軽視できない。 単調な時間帯に、いかにしてヴィジランス水準を落としすぎないか。(1)は、(2)のときに必要な緊張の余力をためる時間帯である。しかし、リラックスの程度も度が過ぎれば眠くなる。リラックスしなければ、早晩力尽きる。緊張-弛緩バランスを、至適レベルに維持することは容易ではない。 次の瞬間、絶対に失敗してはならない重大な判断のタイミングが来るかもしれない。しかし、来ない可能性が高い。かつ、そのための準備時間は、眠気をすら誘ってくる時間帯である。 眠気は少しあるだけでも危険察知力が低下し、当事者の心理を楽観バイアスへと傾ける。「まあ、大丈夫だろう」といった油断へと誘い込むのである。