「パンの耳」を見かけなくなった意外な理由 品川区の街のパン屋をはしごして見えてきたこととは
「パンの耳でも食べて食いつなぐか……」。値上げ、値上げの物価高のなか、ふと思い出される究極の節約食材。一昔前のパン屋では、袋に詰められ格安で売られるパンの耳をよく見かけたが、最近はあまり見ないような。店が売らなくなったのか? パンの耳、どこ行った? そんな疑問を胸に、街のパン屋を取材すると、店側と客側それぞれの苦しい懐事情が浮かび上がった。 【写真】これで108円!? あまりに巨大なパン耳の袋 * * * 大量のパンの耳を売っている店があると聞き、東急目黒線の武蔵小山駅(東京都品川区)から徒歩約8分の「こみねベーカリー」を訪れた。 朝9時の開店と同時に、店先に並ぶパン耳の詰め合わせを求める客が、次々とやってくる。食パンをスライスした際に余る両端の“面”が10枚ほど入った袋と、サンドイッチを作る際に切り落とした“こま切れ”が入った重さ2~3キロはありそうな大袋。どちらも1袋108円(税込み)だ。 ■パンの耳を買う理由 なぜ耳を買うのか――。購入した人に聞いてみると、 「僕は食パンは耳派なの。ここの耳は香りがよくて何十年も通ってる」(70代男性) 「夫婦二人暮らしですけど、節約のために」(40代女性) とのこと。 「歯ごたえがあって満腹感があるのがいいのよ。私は、ベーコンを乗せてチーズトーストにするのが好き。前に喫茶店で食べたメニューを真似したんだけどね……」 こう熱弁をふるった70代女性は、どの袋の耳が一番厚いか、数分間真剣に見定めていた。 気になったのは、ずっしりと重たい“こま切れ”の大袋を抱えていく人たちだ。 70代女性は「ハトにあげます」と言い、週に一度やってくるという70代男性は、「池のカモにあげる。ハトにはあげないよ」と話した。自分で食べる用ではなかった。
一方、「電子レンジで温めるとカリカリになっておいしい」と話すのは大柄な40代の男性。2、3日で1袋を平らげるという。 「太りやすい体質なのでパンは控えたほうがいいんだけど、安いし、これが主食になっています」 ■街のパン屋は倒産ラッシュ 耳は「1家族につき1袋まで」のルールにしているが、社長の小嶺忠さん(54)によると、すぐに売り切れてしまう日も多いという。5年ほど前までは、年金生活者とみられる高齢者や、明らかに生活に困っていそうな客が買い求めることが多かったが、最近は主婦やスーツ姿のサラリーマンも手に取るそうだ。 小嶺さんは日々、地域住民の暮らしがひっ迫しているのを痛感している。夕方時点である程度パンが残っている場合、タイムセールを行うのだが、最近は「まだ安くならないの?」と尋ねてくるなど、セール目当ての客が増えた。値下げされるまで1時間半待ち続ける客もいたという。 そうした厳しいやりくりを迫られているのは、店側も同じだ。 オーブンの電源はこまめに落としているが、電気代は増えるいっぽう。午後の時間帯はアルバイトの人数を2人から1人に減らしたが、昨年から最低賃金が引き上げられ、バイトの時給も上がっている。材料費の高騰もすさまじい。一斗缶(約18リットル)の油は以前3800円だったのが8000円に、パン生地に練り込む材料として買うインスタントコーヒーは、1袋1000円からいきなり2200円になった。 統計の数字も、街のパン屋の苦境を物語る。東京商工リサーチによると、2023年度に全国で倒産した「パン製造小売」は、過去最多の37件を記録した。