史実と違う展開やキャラ 「光る君へ」を見る平安オタクの気持ちは… 受け手が感じる「リアリティー」
おかざき真里さん「真ん中は読者が想像してくれる」
たらればさん:「リアリティー」については、以前、おかざき真理先生から伺った話も参考になると思います。おかざき先生が、空海・最澄を描いたマンガ『阿・吽』の制作の時に考えていた、と仰っていた話です。 空海や最澄といった最高峰の高僧が、修行の果てに何を考えていたかなんて、仏教徒ではないわれわれには分かりませんよね。おそらくたぶん、漫画家であるおかざき先生も分からない。 それでも「修行の果てに辿り着く何か」を描くとき、おかざき先生は、「真理の話は書かない」と決めたそうなんですよ。真理そのものでなく、「真理を目指す人の話」なら描ける、と。 これ、伺ったときに鳥肌が立つくらいしびれました。 そしてもうひとつ、「真ん中を空けておく」とおかざき先生はおっしゃっていて。まわりを丁寧に描いて、真ん中を空けておくと、その「真ん中」を読者が想像してくれる、っていうんですね。 水野:読者が「真ん中」を想像する、ということは源氏物語でもやっていそうですね。 たらればさん:わたしたちも今回のドラマ「光る君へ」の登場人物に対して、「きっとこういう気持ちだったに違いない」と、セリフ以上のことを補って受け止めていますよね。一喜一憂しながら、この先も半年振り回されるのか、と思いながら(笑)。
定子さまは傾国の美女?描かれ方は
水野:もうひとつ、たらればさんに聞いてみたかったことがあり…。「光る君へ」では、一条天皇が定子さまへの執着のために政をないがしろにしている――ように描かれていますよね。 たらればさん:いや……これは複雑なものがございます。思うところは山ほどありますが、作劇上の都合なんだろうな、と……。 「賢帝」と呼ばれたなど、一条帝の政治については諸説あり、いろいろな資料が残っていますが、すくなくともわたくしが知るかぎり、「一条帝が定子の居場所(職の御曹司)に入り浸って政をないがしろにした」という資料はありません(藤原実資の日記『小右記』に、「一度出家した后を呼び戻すなんて前代未聞だ」と嘆いている記述はある)。 「光る君へ」における一条帝と定子の、やや幼く見える悲恋の様子は、ドラマの作劇上の都合だと分かっているので、思うところはたくさんありますが、納得はしています。 水野:ドラマだと、まさに定子さまが傾国の美女であるように感じてしまいますよね。 たらればさん:実際に、定子さまが「傾城(けいせい)の后」である、というウワサはあったんじゃないかなと想像はします。 定子さまご自身でやったとはいえ、髪をおろしてしまった人を内裏に招いたりだとか、皇子が産まれたりだとか、「それはいかがなものか」という声もありましたし。でも、楊貴妃のように国が傾くまでやったとは思えません。 とはいえ、一条帝が定子さまへ執着していないように描いていたら、ここまで感情移入できていたかというと、分からないので…。そして何より、本作では道長を意地悪く描きたくなかったんだろうな…とも思います(苦笑)。 水野:でも、これが初めての藤原道長、一条天皇のイメージになっちゃっている人もいますよね。 たらればさん:「こんな帝はけしからん!」と思っている人もいると思います。 でも、どれだけ濃いオタクでも、立派な研究者でも、最初はみんな「ニワカ」だったわけですよね。入口はどんなかたちをしていても、興味を持ってもらって、そこから関連書を手にとってもらえたらそれでいいんだと、血の涙を流しながら、平安時代のオタクたちは思っているんじゃないかと……。 そう考えたら、「光る君へ」は時代考証も風俗考証もすごくしっかりしていて、「幹の太さ」みたいなものをひしひしと感じます。 だからわたしのような「好きな歴史上の人物の好きなところをもっとしっかり描いてくれたらなぁ…」というのは、贅沢な悩みだなとも思います。 水野:リスナーさんから「定子さまが傾国の美女のように描かれているのは納得がいきませんが、源氏物語の桐壺更衣のモデルとして描かれるのであれば、桐壺更衣自身が楊貴妃にたとえられているので、つながりは納得いきます」という声がありました。 たらればさん:やっぱりそうですよね~。そうなんだろうな、と思いながら……。しょっぱい涙を流しています……。 水野:ドラマの最新回では、今後、道長が枕草子に苦しめられることになる、という内容のナレーションもありましたね。 今後、権力が脅かされる道長のキャラクターがどのように描かれていくか、ききょうとまひろの関係がどうなっていくか、注目したいですね。 たらればさん:道長は、非常にまめで「誰にこれをもらった」、「お返しにあれをあげた」、「あの会合にはあいつとあいつが出た」といった日記(「御堂関白記」)を書いてるんですよね。そんな人事行政術や人心掌握に長けていたことを丁寧に描けばいいんじゃないかなと思います。 ただ、ききょうとまひろの関係がどうなっていくのか……。 ききょう演じるファーストサマーウイカさんがインタビューで「ただ、ひとつ言えるのは、道長が悪いんですよ」と答えていて、激しく共感しています(笑)。 ◆これまでのたらればさんの「光る君へ」スペース採録記事は、こちら(https://withnews.jp/articles/keyword/10926)から。 次回のたらればさんとのスペースは、8月18日21時~に開催します。