阪神・江夏臨時コーチがジェネレーションギャップに苦悩
衣笠氏は「江夏がコーチをやると聞いて心配で」と沖縄に飛んできた。前夜は、一緒に焼肉を囲んだが、江夏氏は、心を許す衣笠氏だからこそ、悩みを打ち明けていた。 「悩んでいた。選手に自分の言うことが、どこまで理解してもらっているのか。技術にしても、どのレベルでどこまで話をすればいいものかと悩んでいたね。1年やるならまだしも1週間という短期間だから、なおさら難しいよね。野球の話は大好きな男でいくらでも話をする。リリーフも先発も経験している。(講演会では)成功するためには、何が必要かという質問も出ると思っていたらしいんだけどね。彼は逆に(選手からの質問などのリアクションを)待っていると思う」 江夏氏を知らない世代とのジェネレーションギャップが心配されていたが、逆に江夏氏の方が、そのギャップを埋める手法に悩んでいたのである。 衣笠氏は、優しい目をして「僕は夢をみることを教えてやってほしいんだ。将来の完成図。若い子で夢をみる子が少ないから。こういう時代からこそ、大きな夢をみて、やるだけやってすべてを出し切ってほしい。そういうことを江夏には教えて欲しい」と言った。 江夏氏は、この日、こんな話をしていた。 「プロは、今日やって明日、変われるような世界ではない。昔がよくて今がだめという考え方も間違っていると思う。ただ今は、恵まれた環境にあるんだから、もっとやれるんじゃないの。もっとやっていいんじゃないのと思う。勇気をもったチャレンジ。それが大事なんだよな」 数多くの伝説的な記録打ち立て、今もまだ独特の殺気のような雰囲気を身に纏う江夏氏は、何も阪神というくくりだけでなく、今の世代のプロ野球選手たちが忘れかけている、あるいは、知らなかった過去の大切な経験という名の財産をキャンプに運んでくれている。歴史の継承である。 トレードなどの過去の遺恨を乗り越え、80周年のシーズンに、そういう埋もれかけていた歴史と財産を掘り起こして、今の世代に落とし込む作業を仕掛けたことは評価されていいだろう。それこそがライバルの巨人にあって阪神になかった歴史だ。 衣笠氏が言うように1週間の臨時コーチができる指導には限界があるが、メディアへの話題提供も含めて、江夏氏の臨時コーチの意義は大きいと思う。 (文責・本郷陽一/論スポ、アスリートジャーナル)