井浦新「自分のドキュメンタリーのよう」 「東京カウボーイ」で米国映画初主演、世界に届いた信念【インタビュー】
「毎年毎年、新しい自分でいたい。仕事の内容もプライベートも常に更新したい」。こんなポリシーを持つ俳優の井浦新(49)にとって、米国映画への初チャレンジとなる「東京カウボーイ」の出演オファーは渡りに船だったのではないか。日本の大手企業から米国の片田舎に赴いた主人公と同様、単身で渡米して撮影に臨んだが、「文化や撮影の方法に違いがあっても、基本的には人対人の仕事。そのセッションの中から表現が生まれてくる。大きな変わりはない」と言い切る。 ◇普遍的な物語、「僕も全身で」 井浦が演じたのは、東京の大手食品商社に勤める坂井英輝。会社が所有し、経営不振に陥っていた米モンタナ州の牧場を再建するため、畜産業の専門家の和田(國村隼)と共に現地に向かうが、思わぬアクシデントで和田は入院。孤立無援となる中、英輝はあくまでも日本流で事を進めようとするが…。 映画は英輝の上司で恋人・けい子(藤谷文子)や、モンタナで彼と心を通わせる牧場労働者のハビエル(ゴヤ・ロブレス)ら多彩な人物を登場させながら、大自然の中で次第に変化する英輝の心情を丁寧につづる。 マーク・マリオット監督は今作で長編劇場映画デビュー。物語は日本での滞在経験があり、「男はつらいよ 寅次郎心の旅路」(1989年)の海外現場に参加したこともあるマリオット監督の原案をベースにしたオリジナルだ。「人と人との関わりを描く普遍的な物語で、国に関係なく、すべての人に温かく優しく訴え掛ける世界観があった。とても好きなホン(脚本)でした」と井浦。 今作への出演は、河瀬直美監督の「朝が来る」(2020年)での井浦の演技にほれ込んだマリオット監督のオファーを受け、実現した。作品の魅力もさることながら、「新さんがファーストチョイスだった」(監督)という自身への期待の大きさも出演を後押しした。 撮影では、この映画の大きなヤマ場となる牛の大移動のシーンは年に2回しかチャンスがなく、当初の予定では日本での仕事がバッティングしていた井浦の参加は不可能だった。一時は出演が危ぶまれたが、マリオット監督は「あなたとやりたい。撮影チームを1年待たせる」と、井浦のためにスケジュールの大幅な変更を決断してくれたのだという。「その熱量に絶対にお返しをしたい。そこまで求めてくれるのなら、僕も全身で向かっていきたい気持ちがありました」 ◇「思いを持つ人たちと仕事をしたい」 井浦は是枝裕和監督の「ワンダフルライフ」(1999年)に主演して注目を浴び、その後は映画やドラマを中心に活躍。知的で物静かな役柄で印象を残す一方、心に闇を抱く悪魔的な人物や無頼漢も違和感なく演じるなど、多彩な表現力で主演も脇役もこなす。最近ではNHK大河ドラマ「光る君へ」の藤原道隆役も記憶に新しい。 俳優としての幸せは「(映画への)思いを持つ人たちと一緒に仕事をすること」だと考えている。「俳優も監督も、日本には独特でオリジナルなものを持った人たちが、いっぱいいる。そんな中で25年のキャリアを積ませてもらい、そこで得たものは絶対に世界にも通じるはず。僕が参加した作品を見て『この人と一緒にやりたい!』と思ってくれる世界の映画人がいたら、どこへでも飛んでいきたい。そんな願いを遠い未来に投げ掛けながら仕事をしてきて、それを今回、マリオット監督がキャッチしてくださった」 「東京カウボーイ」で演じた英輝は英語を十分に使うことができず、日本の価値観が通じない米国の田舎町で悪戦苦闘する。そんな彼の姿は、米国映画初出演となった自身にオーバーラップした。「事前に脚本の世界観を体に入れてからモンタナに向かったものの、いざ現地でスタッフや共演者の皆さんに会うと、自分の英語では伝わらないし、相手の言っていることを聞き取ることもできなかった」と振り返る。 そんな中、プロデューサーなども兼ねる藤谷や、ボランティアスタッフのサポートを受けて撮影するうちに「英輝と自分自身の状況が本当に重なっていった」という。「お芝居をしているけれど、心の在り方が完全にリンクして、自分の心そのままで演じることができた。役と一つになった感じがありました。もちろん映画という想像の世界だけど、自分自身のドキュメンタリーみたいになっていったところもあります」 現場では、スタッフの「今の芝居は良かったよ」とのさりげない一言が、演じる上での大きなモチベーションにつながった。「日本人はあまり言わないんですよ。でも、そういうリスペクトの伝え方は良いことしか生まないと知れたのは、大きな収穫でした」と語る。 自身も最近は米国流を見習い、良いパフォーマンスをしたスタッフやキャストには積極的に声を掛けるようにしているとか。「『東京カウボーイ』の経験が確実に大きな影響となって、僕の仕事への取り組み方がアップデートされている。そうしたことを一つ一つ重ねて5年、10年が経過した時に、何かが変わってくるかもしれません」 (時事通信社・小菅昭彦) 「東京カウボーイ」は全国で順次公開中。