初代五輪カヌー代表で本田圭佑の“大叔父”大三郎氏が薬物混入事件に喝!
本来、フェア精神は日本人が世界に向けて胸の晴れるものだった。 1994年のリレハンメル冬季五輪のフィギュアスケートの米国代表の座を巡りトーニャ・ハーディングが元夫を使いライバルだったナンシー・ケリガンを襲わせた襲撃暴行事件が起きたとき、到底、日本人の感覚では受け入れられないアンフェアな出来事に思えた。だが、日本でもアスリートの倫理観や道徳観が揺るがされる事件が起きた。しかも、東京五輪を2年後に控えた重要な時期にだ。 現在、神奈川の三浦海岸でスクールを開校し、小、中学生にカヌーを教えている本田氏は、この日、生徒達に「ドーピングとは何かを知っていますか?」と聞いたが、半数以上の子供たちは答えられなかったという。 また見学に来ていた親御さん達にも同じ質問をした。 本田氏は少なからずショックを受けている子供たちに心のあり方を説いた。 「友達や他の人の成功や喜びを手放しで良かったねと言える人間になろう」 「こんなコツがわかった。こんな技ができたと思ったら、自分だけのものにせず友達に教えてあげよう。そうすると自分が空っぽになりますね。また新しく何かを得ようとします。すると人は成長するのです」 「スポーツは勝ち負けだけではないんだよ。カンニングをして、いい点数をテストでとっても恥ずかしいだけ。正々堂々と努力して勝負することが大切なんだよ」 本田氏が、この日、子供たちに行った訓話を、事件を起こした鈴木選手や、その管理責任を問われるカヌー連盟の幹部に聞かせたいくらいである。 「ドーピングについて全部をわかっている人はそういない。今度、親御さんと子供たちに、ドーピングの話をもっと詳しく説明したいし、そもそもスポーツを行う価値観とは何か、勝ち負けとは何か、五輪とは何かというところまでを話しておきたい」
本田氏は、幼い頃の本田圭佑に「日の丸を背負うことの責任とやりがい」を説き、「目標を持って生きなさい」と、練習ノートの付け方を教えた。 日体大、自衛隊体育学校を経て、横浜市消防局訓練センターの“鬼教官”として指導者の道を歩んできた本田氏は、生徒たちの“心技体”を鍛えてきた。長らくスポーツマンシップの尊さを教えてきた人だからこそ、その意見に説得力がある。 また本田氏は「カヌー界が被った打撃は大きい」とも嘆く。 「せっかく羽根田卓也が、リオ五輪でメダルを取ってマイナーだったカヌーの世界に光を当ててくれたというのに、彼に対しても申し訳ない。どちらかというと強化費にしろ、羽根田が活躍したスラロームよりもスプリントの世界のほうが優遇されていた。なのになんという失態だろう。カヌーだけでなく、日本のスポーツ界全体の信頼が揺らいだ」 カヌー競技は静水の直線コースでスピードを争うスプリントと、流れと高低差のあるコース(五輪や世界選手権では人工の激流コース)に設置された旗門の通過と、そのタイムを競うスラロームに分かれている。 リオ五輪では、スラロームのカナディアンシングルで羽根田卓也選手(30、ミキハウス)が史上初のメダルとなる銅メダルを獲得した。本田氏が初代五輪代表となったのは、鈴木選手と同じくスプリント。そのスプリントと、“ハネタク”が活躍したスラロームは、同じカヌーでも、競技する舞台からしてまったく違う種目なのだが、一般の人からすれば、同じ“カヌー”のくくりで見られるだろう。 それだけに本田氏もショックと怒りを隠せない。 「失った信頼を取り戻すには時間がかかる。相当の決意をもって対策を講じて実行していかねばならない」 日本カヌー連盟は、今後の再発防止策としてジュニア世代からの指導にスポーツマンシップ精神を学ぶプログラムを導入することや、大会中に選手のドリンクの保管場所を設置する、薬品相談窓口を作るなどの方策を取ることを発表しているが、本田氏が訴えるように、根本から事件の背景を見直し、誰もが納得のいく対策を打ち出して実行しなければ失った信頼は取り戻せないだろう。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)