イスラム嫌悪からトルコに移住する世界のムスリム・エリートたち…「人と知の中心」イスタンブールで進む文明の再編
イスタンブールで進む文明の再編
以上のように、未だに欧米で根強いイスラムフォビア、それに起因するヘイトクライム、そしてムスリムの苦しみを掬い上げ言語化してくれる知的インフラの不足は、欧米で育ってきたムスリム二世、三世たちに西洋文明の虚構と矛盾をかみしめるのに十分な絶望を心に植えつけてきた。 そして彼らのようなムスリムたちはトルコに人間として生きる自由を、差別を恐れることなくムスリムの同胞に寄り添える社会を期待して移住しているのだ。さらにイスタンブールを中心として、新たな「知のネットワーク」を築き、「文明の再編」を志している人たちもいる。 シリア内戦をきっかけとして、イスタンブールには伝統イスラム学の世界的権威と呼べるようなイスラム学者(ウラマー)たちがシリアから移住した。彼らはオスマン帝国時代にアラビア語で書かれた伝統イスラム学関係の写本の校訂プロジェクトを先導し、トルコのイスラム学研究を大きく底上げすることとなった。このプロジェクトのトップのひとりは、ヨルダンで育ったクルド系パレスチナ人のイスラム学者である。 さらに政治学や社会学、人類学など欧米の学問に明るいムスリム研究者は、イスタンブールを拠点にヨーロッパやアメリカの大学と提携し、様々な国際シンポジウムや研究プロジェクトを企画している。また欧米のムスリムコミュニティの間で人気のイギリスのイスラム系学術YouTubeチャンネルであるBlogging TheologyやThe Thinking Muslimの運営者などは頻繁にトルコを訪れ、現地の研究者と交流したり、イスタンブールにも撮影スタジオを構えたりして、世界各国からやってくるムスリム知識人との対談動画などを制作・発信している。パレスチナ関連の議論も、欧米のメディアよりもイスタンブールを拠点にしたメディアの方が「忖度なし」で発信できるらしい。 欧米の政治やアカデミア、メディアへの不信を背景として、イスタンブールの「人と知のハブ化」は急速に進みつつある。そしてこのハブを築く学問で繋がるネットワークこそ、今回の『一神教と帝国』で私が内田樹先生と中田考先生に紹介しようとしたものだ。 さも自らが世界のマスターマインドであるかのように他者の体験や悲劇を表層的に還元し評論したがる人は多い。しかし、世界が激しく分断しつつあるこの状況において、我々に求められていることは地面に腰を深く落とし、様々なバックグラウンドをもつ個々人の希望や絶望を受け止める器となる胆力を持つことであると私は信じている。