脱炭素化に向けて動き始めた船の次世代エネルギー事情から見える「水素」の期待値
船舶業界でも広がりを見せる次世代エネルギー
2050年にCO2(二酸化炭素)排出量を実質ゼロにする目標を達成するため、船舶業界でも開発競争が活発化している。次世代エネルギーを活用するアプローチが各社で行われているが、カーボンニュートラル実現の切り札はやはり「水素」だという。 【写真】就航が予定されている様々な電動船を見る トヨタ クラウン FCEVやホンダ CR-V e:FCEVの登場で再び注目を集めている燃料電池システム。2035年にEUでエンジン車の規制強化が行われることも関連して、現段階では2030年代から普及し始めるのではないかと言われている。 陸路から海路へと視点を移してみると、クルマと同様に船舶業界でも水素をエネルギー源としたパワートレーンの導入が進んでいる。国内で唯一水素製造拠点を持つ液化水素サプライヤーの岩谷産業は、2025年に開催される大阪・関西万博で、大阪・中之島から会場の夢洲までの航路をつなぐ旅客運航を行う。ここで導入される船舶が、名村造船所とともに開発・建造された双胴型旅客船で、FCスタックと急速充電口を備えたプラグイン水素燃料電池船ということになる。 運行中にCO2を排出せず、潮の香りや波音を楽しめる静粛性と低振動性を備えるという。この運行に合わせて、充電器を備えた国内初の船舶用水素ステーションも建設予定で、水素エネルギー社会実現に向けた一歩として期待されている。 これよりひと足先に実用化された燃料電池船「ハナリア(HANARIA)」は、洋上風力発電施設の作業船として実証実験を成功させた船舶で、現在は福岡・北九州でクルーズ船として一般運行している。この燃料電池システムの技術を提供するのは、2020年に世界初の船舶向けの燃料電池システムを開発して、世界一周航海を目指すフランスの「エナジー・オブザーバー号」にも採用されたトヨタ自動車だ。 FCEV関連の特許を数多く保有して実績もあるシステムだが、船体後方に搭載された16本の水素タンクだけで重量238トンのハナリア号を航行させるのは、コストや航続距離の面で課題があった。そこで、バイオディーゼル燃料エンジンによって発電するハイブリッドシステムとして構成することで、1日に必要な航続距離を担保しつつ、CO2排出量を53~100%削減できるという。 このほかにも、アンモニア燃料エンジンを搭載した日本郵船のタグボート「A-Tug」が2024年6月に竣工する。一見すると水素との関連が薄そうなアンモニア(NH3)だが、窒素(N)と水素(H)を化学反応させて生成でき、燃焼時にCO2を排出しないカーボンニュートラル燃料だ。フルバッテリー化が難しいといわれる船舶の次世代エネルギーとして期待されている。20世紀前半から農産物の肥料として世界各国で利用されてきた歴史があり、運搬・貯蔵する技術はすでに確立されていることもメリットのひとつだ。 燃料電池やアンモニア以外にも、軽油代替燃料のHVO(水素化植物油)やガソリン代替燃料を生成できる合成燃料、メタノールなど次世代エネルギーはいろいろと検討されている。船の大きさや必要な航続距離などによって使用する燃料は違うだろうが、実はいずれも水素を主な原料として生成できる燃料だ。水素にかかる期待は大きい。