カンヌ、ニューヨーク映画祭のプログラマーによる対談が実現!映画祭のプロから見た東京国際映画祭の魅力
審査委員長をヴィム・ヴェンダースが務めた第36回東京国際映画祭は、コンペティション部門に114の国と地域から応募のあった1942本から15作品が正式出品。プレミア上映や特集上映などで上映された作品は10日間で219本だった。世界各国で様々な特色をもった映画祭が開催されているなかで、東京国際映画祭は世界の映画祭プログラマーの目にどのように映っているのだろうか。MOVIE WALKER PRESSでは、カンヌ国際映画祭プログラマーのクリスチャン・ジュンヌとニューヨーク国際映画祭プログラマーのデニス・リムによる対談を実施。東京国際映画祭に感じる魅力や自身が担当する映画祭の特色、映画祭プログラマーになった経緯などを語り合ってもらった。 【写真を見る】カンヌ、NY映画祭ディレクターから見た東京国際映画祭の印象は? ■「特に若い層が観に来ているというのもすばらしいことだと思います」(ジュンヌ) ――東京国際映画祭には、ジュンヌさんは毎年参加しており、リムさんは今年が初参加とのこと。ズバリ、今年の東京国際映画祭はいかがですか?(※インタビューはTIFF開催期間の中盤で実施) リム「今年初参加で、実は昨日来たばかり(笑)。まだ堪能しきれていませんが、小津(安二郎)監督のプログラムで3本ほど鑑賞し、シンポジウムも拝見しました。カンヌやサンダンスのようなデスティネーションフェスティバルのようなものに対し、東京やベルリン、ニューヨークのような大都市で行われる映画祭もすてきだと改めて思いました。訪問してくる人はもちろん、そこに住んでいる人も含めての映画祭っていいですよね」 ジュンヌ「一番いいなと思ったのはロケーションです。渋谷のBunkamuraや六本木での開催もそれぞれによかったけれど、日比谷・有楽町・銀座・丸の内地区というロケーションは特にすばらしいと思います。映画祭の雰囲気を集中して味わえるし、私も含めて海外から来た人にとっては、銀座付近を歩いて回るだけでも楽しいので。映画祭としては、ベルリン、カンヌ、ベネチアが終わったあとで作品選びがとても難しいと思うのですが、セレクションディレクターさんたちが、すばらしいセレクションをしています。東京国際映画祭はアジアの映画市場では非常に重要な役割を担っています。若い映画人達を育てるプログラムがあるのもいいですね。もっと広めてほしいです。客層としても、特に若い層が観に来ているというのもすばらしいことだと思います」 ――プログラム、セレクションのお話が出たところで。お2人が映画プログラマーになった経緯を教えていただけますか? リム「偶然です!」 ジュンヌ「同じく(笑)。話はだいぶ遡りますが、南フランスのニースに住んでいた15歳の時に、初めてカンヌ国際映画祭に行きました。その時の私はいまよりずっと若くて、髪も長くて、魅力的だったのでチケットを譲ってもらえたんです…という話は前置きで(笑)。カンヌの大きなスクリーンで観た映画のすばらしさが忘れられなくて。アクレディテーション(参加許可証)が導入されてからしばらくは行くことは叶わなかったのですが、1983年にローカルのスタッフを募集しているのを知って、応募しました。実はドライバーを募集していたのですが、『ガレージでは働きません』と伝えたらプレスボックスで働くことになって。昼間はプレスキットを配り、18時を過ぎたら好きな映画を観に行くという日々を過ごしていました。『1か月一緒にやってみない?』と声をかけてもらってから2か月、3か月と延びていき、いつの間にか映画のセレクションに関わるようになっていました。外交官になるための勉強をした時期もあったけれど、気づけば…という感じです」 リム「ジュンヌさんはカンヌ国際映画祭がそもそもの始まりだけど、私はかなり紆余曲折しています。ロンドンやニューヨークで数学を学んでいたのですが、もちろん映画も大好きで。ロンドン、ニューヨークは映画を学んだり、観たりするのにもとてもいい環境です。数学は一生やりたいことではないと思うようになってから、シフトチェンジしました。最初は映画や音楽部門でのエディターとしてジャーナリズムからスタートしました。私がやりたかったのは映画文化に直接影響を与えること。書くことはどうしても制限があるから、だったら映画祭プログラマーになったほうがいいんじゃないかと思い始めて。最初は両立していましたが、10年前から徐々にプログラマーの比重が増えてきて。いまは逆転している感じです」 ■「“その年の映画シーンを見せる映画祭”にすることを目的としています」(リム) ――カンヌ国際映画祭は5月、ニューヨーク国際映画祭は10月が会期です。お2人は1年をどのように過ごすのでしょうか? プログラマーとしての年間スケジュールを伺いたいです。 ジュンヌ「毎年9月から11月は中国、韓国、インドそして日本などを含めアジアを中心にオーストラリア、インドネシア、ブラジル、アルゼンチン、ヨーロッパなどを訪れ、たくさんの映画関係者と会っています。11月くらいにパリでスクリーニングをして、12月はサンダンスやベルリンの準備が始まるので、記者発表を含めて1月から4月までがすごく忙しい時期です。5月に入ると忙しすぎて映画が観られない時期になります(笑)。すごく忙しいですが、カンヌにはスタッフがたくさんいるので、みんなで協力しながら準備を始めて、夏はちょっとしたホリデーをとる、ここ25年くらいはそんな1年を過ごしています」 リム「ニューヨーク映画祭は9月から10月中旬が開催時期なので、年間スケジュールはジュンヌさんとはだいぶ違うと思います。映画祭が終わった、まさにいまがバケーションのタイミングです(笑)。実は年初まではあまりやることはなくて。というのもニューヨーク映画祭にはコンペがありません。ワールドプレミアも重視していないので、ほかの映画祭とスケジュールはだいぶ違うと思います。60年ほどの歴史のある映画祭ですが、ニューヨークは“その年の映画シーンを見せる映画祭”にすることを目的としています。目指すのは『フェスティバル・オブ・フェスティバル』。カンヌやベルリンなどに足を運び、映画を探したり、映画人とのミーティングもしますが、ジュンヌさんより出張は少ないです。春頃からセレクションが始まり、7月にはほぼ固まるので、ジュンヌさんが休んでいるころが一番忙しいかもしれないです」 ――インディペンデント映画祭も世界各地で開催されています。テルライド映画祭のようにここ数年評判が上がってきている映画祭もありますが、どうご覧になっていますか? ジュンヌ「テルライド映画祭も歴史ある映画祭です。そして、それぞれの映画祭にアイデンティティがあります。映画祭で一番重要なのは、国際的なものも含めて観客に映画を届けることなので、やり方やテーマは違っても、やろうとしていることは同じだと思っています」 リム「テルライド映画祭の評判が上がった要因の一つとして、アワードを始めたことがあるのではないでしょうか。ニューヨークではアワードは作っていませんが、9月頃の開催なので、どのような賞を獲っているかも、プログラムを考えるうえで重要視しています」 ――カンヌには映画マーケットがありますが、ニューヨークにはありません。映画祭と映画マーケットの相互関係について、そしてマーケットを持たないNYは、映画産業とどう結びついているのかを教えてください。 リム「ニューヨークには映画売買の枠組みという意味では、公式なマーケットはありません。でも、ニューヨーク自体がマーケットとも言えます。ロサンゼルスにスタジオが多くありますが、インディペンデント系の映画となれば、ニューヨークがかなり盛んです。ブースを出したり、ミーティングをするなど形式的に公式なものはありませんが、映画祭会期中に配給が決まることもよくあるので、マーケットとしてすでに機能していると言っていいような気もしています」 ジュンヌ「映画祭の後にAFM(アメリカン・フィルム・マーケット:1981年から開催されているカンヌやベルリンと並ぶ世界最大の映画マーケットの1つ)があるのも大きいですよね」 リム「確かにそうですね」 ――自分の映画祭で見つけた、育てたという監督はいらっしゃいますか? ジュンヌ「私たちが発見したというよりも、たくさんの人に観てもらう手助けをしていると考えています。映画祭は観客の皆さんがすばらしい映画に出会う、場所です。1980年代のフランスの有名なジャーナリストの言葉にあるように、自分たちのことは“パッサー=届ける人”だと考えています。適切なタイミングですばらしい映画を観る、私たちはそういう場所を作っているのだと思います」 リム「まったく同感です!」 ■「自分の表現したいことを映画を使って表す、そこを一番大事にしてほしいです」(ジュンヌ) ――たくさんの人に映画を届けるために、プログラムをする際に重要視するのはどんなことでしょうか? ジュンヌ「毎年(映画祭の)テーマが違うので、ガイドラインがないというのが正直なところ。すごく難しいことだけど、強いて言うならこの監督ならきっといい映画をつくるだろうなと期待を込めてという感じかな。成功のレシピはありません。その時期にオファーされた映画で良いセレクションを作っている、そんなところでしょうかね(笑)」 リム「よく、セレクションを見て『これはあなたが好きな作品リストなんですね』などと言われがちですが、まったくそうではありません。ニューヨークで観客に向けてやっている映画祭としてプログラムに合うか合わないか、ストーリー性を重要視しています。いろいろなテイストを持つ観客がいるなかで、映画祭のアイデンティティ、視点を定めて観客にフィットする映画を提供したいと考えています。どうやってプログラミングしているのか問われると、正直、やってみないとわからないというのが大きいです」 ――東京国際映画祭のよいところとして若い映画人達を育てるプログラムがあることを挙げていらっしゃいましたが、カンヌ、ニューヨークではどのような取り組みがありますか? ジュンヌ「カンヌには学生映画部門のLa Cinefondationという取り組みがあります」 リム「ニューヨークにも学生向けの教育機関のようなものがあります。コロナ禍を経て1つよかったと感じているのは、ニューヨークを含めアメリカでは若い世代が映画にいち早く戻ってきてくれたこと。いま、映画を観に来てくれる層がちょっと若くなっているのは、とてもいいことだと思っています」 ――もしお2人が東京国際映画祭のプログラマーに就任したら、どんなプログラムを作りたいですか? ジュンヌ「それはジョブオファーと考えていいのかな(笑)。でも、私は日本語がしゃべれないから、その時点で基準を満たしていないかなと思います。やはり言語や文化の理解度は重要ですから」 リム「私には難しいと思います。映画祭の観客のことをわかっていることがプログラムを作るうえでとても大事なことなので。私は力不足です」 ――最後に、カンヌ、ニューヨークの映画祭で作品を上映したいという監督にアドバイスがあればお願いします。 ジュンヌ「ここでも言いたいのは『レシピはない』ということ。映画祭のために映画を作るとは思ってほしくありません。自分の表現したいことを映画を使って表す、そこを一番大事にしてほしいです」 リム「どういったポイントを見てプログラムを作っているのかという質問をよくされます。答えとしては『なにもないです!』が正解です。私たちがどんな期待をし、なにを欲しているのかを考えるのではなく、作品で驚かせてほしいと思っています」 取材・文/タナカシノブ ※記事初出時、スペルミスがありました。訂正してお詫びいたします。