「国辱映画」と罵られて…『007は二度死ぬ』エピソードに見る日本とイギリスの温度差
「007は二度来るな」
一方で、イギリス制作陣に対するマスコミの論調は、辛辣の度を増していく。 ロケ先の熊野那智大社付近の名勝「那智の滝」で、猛暑のあまり半裸になっていたイギリス人スタッフが、「不謹慎」と非難された。丹波ひきいる忍者部隊の投げた手裏剣が、国宝・姫路城の重要文化財の土塀を傷つけたとか、エキストラの女子高生がビキニ姿を強要されて泣き出したといった話が、ことさら暴露された。「007は二度来るな」の文句が、新聞の見出しに躍った。 撮影が始まってもシナリオを公開しないのは、「内容が国辱的だから発表できないのだ」という何の根拠もない噂まで広まった。日本側プロデューサーの奥田喜久丸は、記者から面と向かって、「国辱映画007に協力した貴殿の感想をうかがいたい」(『文藝春秋』1967年3月号)と詰問され、一瞬、言葉に詰まっている。 日本側の助監督をつとめた川邊一外(かわべ かずと)も、イギリス側を権威主義的で横柄とみていたが、映画制作の規模の破格さに驚嘆もしていた。 ちょっとした移動にも、25人乗りのヘリコプターを使う。メインの俳優たちには、ひとり一台のトレーラー・ハウスがあてがわれ、トイレ専用車まである。 日本の冷めた“ロケ弁”に慣れっこになっていた俳優やスタッフは、食事の豪華さにも目を見張った。ランチでさえ、白いコック帽姿のシェフが、その場でステーキを焼いてくれる。好みの魚料理も選べる。午前10時と午後3時には“ティー・タイム”があり、紅茶やコーヒーとともに各種のケーキが饗(きょう)された。 丹波も、ロンドン郊外に設けられた『007』のセットには驚愕した。 九州の火口湖の下に、世界制覇を狙う敵の秘密基地があるという設定で造られていたが、その大きさといったら、中をヘリコプターが飛び回れるほどだ。セットには、特注された、遊園地のミニチュア機関車のような乗り物で出入りする。丹波はセットの総工費が日本円で10億800万円と聞き、荒唐無稽なスパイ映画に巨額の費用を注ぎ込むイギリス映画界の底力に、なかば呆れ返り、なかば感心した。
野村 進(ノンフィクションライター)