7度目の正直 女流棋士・向井千瑛が強くなった理由
碁の棋風はとにかく戦う・戦闘派。女流棋士は男性棋士よりも戦いを好むと言われているが、向井の戦いの強さは群を抜いている。だが同じように戦う棋風の謝には、なかなか結果が出せなかった。 今年、女流本因坊戦で向井が挑戦者に決まったのは8月末のこと。その頃の向井はプライベートである節目を迎えていた。今年9月、同じ囲碁棋士の杉本明八段と結婚したのだ。 「結婚式の準備がとにかく大変で、タイトル戦に向かう緊張感よりも、無事に終わった、という感じの方が強くて。でもいつもよりも安心した気持ちで臨むことができました」 ご主人になった杉本明八段とは14歳の年の差がある。 「彼はいつも優しくて、私が緊張したり、感情的になりそう になっても平常心でいられるようにフォローしてくれます」と幸せそうな笑顔で語る。 「結婚式のスピーチで、本当なら奥さんが『旦那さんを支えます』というところなのに、杉本さんが『僕が千瑛さんを守ります』って言ったんですよ。千瑛は幸せ者ですね」と次女・梢恵も嬉しそうに語った。 生涯の伴侶を得て、充実した気持ちで臨んだタイトル戦。だが気持ちの上だけではなく、棋風の上でも変化が起きていたようだ。五番勝負の向井の碁を見ていた棋士たちから「千瑛ちゃんの碁が少し変わった」という声が聞かれるようになった。 対局後、杉本八段と2人で碁を並べて研究することも多いという向井。攻めが主体だった向井が、杉本八段の考え方をいつの間にか吸収し、バランス型へ変化していったのも想像に難くない。そしてついに、謝の牙城を切り崩し、初タイトルを獲得したのだ。 「千瑛がもし、初めての挑戦でタイトルを獲得できていたら、ここまで強くならなかったんじゃないかと思います。悔しい思いをしたからこそずっと努力してきたし、それが実ったのだと思うんです」と、語る長女・芳織。タイトルに挑戦する向井をハラハラしながら見守り、勝利が見えたときには、“じっとしていられなくて踊りだしてしまった(笑)”という妹思いの姉だ。 家族に見守られ、良き伴侶と共に困難を乗り越えた向井。「今、本当に幸せです」と語る笑顔には一点の曇りもなく、新たな目標を見据えているように見えた。 ライター 王真有子