ブラザー工業が攻めきれなった「同意なき買収」 狙われた側のローランドDGは「価格の戦い」にしなかった
ただ、「当初は不当に安い価格で一般株主から搾取しようとしたのか」とブラザーに問われたら、防戦を余儀なくされたはずだ。 TOB価格に対するタイヨウの誠実さを問うことで牽制しつつ、自身はタイヨウの5370円を上回る価格を改めて提示する──。鈴木氏の言うような攻め手をブラザーが採っていたらどうなっていたのか。 しかしブラザーは5月9日に「価格を引き上げない」と発表。5月16日にタイヨウのTOBが成立したことを受けて、対抗TOBの提案を取り下げた。価格引き上げ合戦からの撤退は賢明な判断にみえる反面、勝負どころを誤ったともいえる。
価格引き上げ以上にディスシナジー論争が注目されたのは、ローランドDGやタイヨウのメディア露出の増加が背景にある。ディスシナジーについて言及を始めた後、両者は雄弁になった。それに比べてブラザーの沈黙ぶりは際立った。 メディアの論調を自社に有利にするため、PR会社を頼る企業は少なくない。今回でいうと、ローランドDGはパスファインド、タイヨウはボックスグローバル・ジャパン、ブラザーはKRIK(クリック)の支援を得た。
■見逃せない「PR会社の2強」の支援 これらは商品や事業をアピールする会社と違って、買収合戦やアクティビスト対策といった有事におけるPRを得意とする。主要メディアの個別取材もセッティングする能力を持っており、 企業からするとありがたい存在だ。 この分野での2強といえるのがパスファインドとボックスで、ほかの案件では 買収する側の企業と買収される側の企業のどちらかを支援し、対峙することが珍しくない。だが今回はその2社が、MBOを実施する側にそろった。ローランドDGは、さぞ心強かったに違いない。
2015年に買収した英国の産業印刷機メーカーの利益創出に手間取っている中、新たな買収を行おうとしたブラザー。新興国市場の開拓など多額の費用を要する施策を迅速に行うためにと、MBOの正当性を主張したローランドDG。大義はどちらにあったのか。 答えが出るのは、しばらく先のことになる。
緒方 欽一 :東洋経済 記者/吉野 月華 :東洋経済 記者