【とっておきメモ】「パパ、なんでG1を勝てないの?」津村騎手はあのジャパンCで涙した
<とっておきメモ> <ヴィクトリアM>◇12日=東京◇G1◇芝1600メートル◇4歳上牝◇出走15頭 【写真】天白オーナーに抱きついて喜ぶ津村騎手 単勝14番人気のテンハッピーローズ(牝6、高柳大)が豪快な差し切りでG1初制覇を果たした。鞍上の津村明秀騎手(38)もうれしいG1初制覇。馬上で何度もガッツポーズを繰り返し、笑顔を見せた。勝ちタイムは1分31秒8。2着にはフィアスプライド、3着には1番人気マスクトディーヴァが入った。 ◇ ◇ ◇ ついにこの瞬間が訪れた。小学5年生、3年生の息子にカッコいい姿を見せられた。ずっと言われ続けてきた。「パパ、なんでG1を勝てないの?」。21年目。ベテランの域に入っていた男は、心の中で戦っていた。「あきらめちゃ、絶対にだめだ」。 騎手となってからはもう1歩の自分がいる。競馬学校卒業時にアイルランド大使特別賞を受賞し、騎乗技術を評価されてきたが、川田、藤岡佑、吉田隼など同期がビッグレースを勝つ一方、タイトルに恵まれなかった。19年秋のジャパンC、カレンブーケドールで2着に敗れたときは親しい関係者の前で涙を流した。 ここ数年はG1が行われる主場にこだわった。「G1に乗らなきゃ勝てないから。そういう馬たちとの出会いも増えた。テンハッピーローズも少ない確率だけど、一発ある、と。それが今日、わかりましたよ」。昨夏から5戦連続のコンビ。京都牝馬Sも阪神牝馬Sもこの馬のために関西へ遠征した。 小学4年だった94年有馬記念。父と中山競馬場で見たナリタブライアンの走りが人生の道を決めた。「めちゃくちゃ感動したんですよ」。いつか自分も。そんな思いで小学5年から乗馬を始めた。「今日は妻も息子2人もサッカーを見に行ってて。来週来る予定だったんです」。オークスはミアネーロに騎乗する。来週は家族の目の前で、ヒーローになる準備はできている。【松田直樹】 ◇ ◇ ◇ 津村騎手をデビュー当初から応援してきた美浦トレセンの関係者は言う。「彼はデビューしたときからケタ違いにうまかった。誰が見たってそう思ったんじゃないかな。ただ、ジョッキーとしては優しすぎる人間だから、G1に一生、縁がないのかなとも思いました。馬に乗る技術だけで見れば、誰にだって、どんなトップジョッキーにだって負けてないと思います」。 津村騎手にほれ込む関係者はこんな表現でその技術を伝える。「たとえば、津村君が乗ると、調教やレースでいつも掛かっている馬が“折り合ったように見えてしまう”。本当は馬が掛かっているのに、あのきれいなフォームでスーッと“折り合ったように見せてしまう”んです。だから『折り合っているのに何で直線で伸びないんだ?』って不満を言われちゃうんだけど、折り合ったように見えているだけなんです。もちろん、どんな馬でも掛からないように折り合わせることができればいいんだけど、そんなことは誰にもできないですからね」。 現在は所属厩舎がなく、フリーの津村騎手だが、デビュー当時は鈴木伸厩舎の所属。横山武騎手や小林美騎手の兄弟子にあたり、現在も同厩舎の調教に乗る姿が見られる。「カレンブーケドールで(19年の)ジャパンCを負けた後に本気で泣いていました。それからは『G1を勝ちたい』『G1を勝ちたい』と口癖のように言っていました。ずいぶん時間がたったけど、よく頑張ってきたと思います。彼に関わってきた人はみんな喜んでいると思いますよ」。48度目の挑戦でつかんだG1タイトル、ジョッキー津村明秀の充実期がここから始まってほしい。