アカデミー賞受賞作『オッペンハイマー』は“原爆の父”を結局どう描いていたのか? 紆余曲折の末に日本公開!
まるで天才科学者の脳と同期したかのような超大作、3時間!
第二次世界大戦下のアメリカで原爆を開発した天才科学者、オッペンハイマー。その内容ゆえ、公開前から物議を醸していた作品が、ついに日本に上陸した。 【写真9枚】問題作の傑作! アカデミー賞受賞作「オッペンハイマー」のスチール写真を見る ◆アカデミー賞7部門を受賞 3月10日に授賞式が行われた米アカデミー賞。『オッペンハイマー』が下馬評通りの強さを見せ、作品賞を含む最多7部門を受賞した。だがこの作品、クリストファー・ノーランという当代随一のヒットメーカーによる話題作であるにもかかわらず、当初は日本公開が決まらず、一時はお蔵入りするのではないかと言われていた(全米公開は2023年7月)。”原爆の父”と呼ばれるJ.ロバート・オッペンハイマーの生涯を描いたセンシティブな内容に加え、劇中に広島・長崎の惨状を伝える直接的な描写がなく、日本での反発が危惧されたのだろう(加えてアメリカで同日公開された映画『バービー』のイメージに、原爆のイメージを重ねた画像がSNSで出回ったことも問題視されていた)。 第二次世界大戦中のアメリカで、ナチスドイツに対抗すべく、原子爆弾を製造する”マンハッタン計画”の責任者に選ばれたオッペンハイマー。ニューメキシコ州の砂漠地帯に全米から優秀な科学者を集め、1945年7月、人類史上初の核実験を成功させた。原爆が広島、長崎に投下されたのは、それから僅か数週間後のこと。オッペンハイマーは国民的なヒーローとして祭り上げられるが、その惨状を知らされた本人は深く苦悩する。 戦後は水爆実験に反対する立場を取り、赤狩りが始まると共産党員のスパイと疑われ、国家から危険人物と見做されるようになる。だが本作でのオッペンハイマーは、戦争を終わらせた英雄、祖国から裏切られた犠牲者、あるいは大量破壊兵器を開発した罪人、といった単純なスタンスでは描かれてはいない。科学者としての壮大な野心と矜持を持ちながら、一方で自らが生み出した、原爆という名の“怪物”に恐れ慄く、矛盾した内面を抱えた人物として描かれている。 また作品の大部分が、オッペンハイマーの一人称的な視点から描かれていくので、本人が実際に目にしていない広島、長崎の直接的な描写は出てこない。代わりにその惨禍は、彼がイメージした強烈な悪夢のような形で伝えられる。 まるで天才科学者の脳と同期したかのような3時間。身震いするような映像体験に圧倒されながら、最後に残るのはやはり、人類が制御しきれない核兵器を手に入れてしまったことへの虚無感だ。それは本作品でも引用されている、天界から火を盗んで人間に授けたことで永遠の罰を与えられたギリシャ神話の神、プロメテウスの物語そのもののようでもある。 ■『オッペンハイマー』は全国ロードショー中。180分。配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画 (C)Universal Pictures. All Rights Reserved. 文=永野正雄(ENGINE編集部) (ENGINE2024年5月号)
ENGINE編集部
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