顔(1月31日)
松本清張が顔に皮肉めいた笑みを浮かべる写真がある。心の底に潜む罪悪感や後ろめたさを、ねぶるように描いた大作家だ。「あなたにも、やましい過去がありはしませんか」と問われているようで、少々ざわつく▼短編「顔」は劇団役者の物語。映画出演の誘いが舞い込み、出世の道が開ける。しかし、心が晴れることはない。交際していた女性を殺[あや]めた際、ある男に顔を見られた。露出が増えれば、男に「犯人だ」と感づかれるかもしれない。気が気でなくなり、ある決断を下すのだが…▼柔らなほほ笑みに、過激派メンバーの面影は感じられない。指名手配の顔写真は、街角の風景にもなった。49年前の爆破事件を語った「桐島聡」が病で逝った。〈ぼくの不安は(中略)もっと破滅的なこと〉と、劇団役者は胸の内を吐露する。陽気だったとも伝わるが、身元を伏せていたのであれば作中の彼と同じ闇に苦しんだことだろう▼阪神大震災、東日本大震災、そして能登半島地震―。この半世紀、日本は幾多の大災害に見舞われた。国民が命の尊さをかみしめ続けた歳月でもある。本当に罪を犯した人物なら、死の床で尋ねてみたかった。思想は人の命より重いのでしょうか。<2024・1・31>